丹羽菜生さんが空港の共創で問い直す「誰を標準とするのか?」という問い~どんな人でも排除されることのない“インクルーシブ”な視点に立ったデザイン研究~

      空港の事業者、地域で暮らす障害当事者、研究者や専門家が、同じ場所に集まる。

      午前中は、出入口からチェックインカウンター、保安検査場、搭乗口までを一緒に歩く。エレベーターはどこにあるのか。案内表示は見つけられるか。次に進む方向を予測できるか。設備が存在するだけでなく、一連の移動として使える状態になっているか。

      午後には、全員で気づいたことを持ち寄る。当事者や専門家だけが空港を調査し、後日、改善点をまとめた報告書を事業者へ渡すのではない。その場を使う人と、運営する人が、同じ時間に、同じ経路をたどり、同じ問題を見る。

      中央大学研究開発機構 機構准教授の丹羽さんは、この「一緒に見る」という過程こそが、公共空間を変えるために重要だと話す。

      共創とは、当事者から意見を集めることだけではない。社会の「当たり前」をつくる側と、その当たり前から外れてきた側が、前提そのものを一緒に見直すことである。

      丹羽さんの研究と実践の出発点には、車椅子を使用するパートナーとの暮らしがあった。ただし、それは「環境によって人生が変わった」という劇的な物語ではない。身体や生活に合わせて、自宅を使いやすくする。それは本人たちにとって、特別な配慮ではなく、生活するための当然の前提だった。

      その前提を、住宅の外へ持ち出したとき。駅や空港、都市の側が、まだ十分に追いついていない現実が見えてきた。

      丹羽 菜生(にわ・なお)

      中央大学
      研究開発機構 機構准教授

      身体に合わせて空間を変えることは、特別な体験ではなかった

      丹羽さんのパートナーである丹羽太一さん(現・東京大学大学院経済学研究科 特任研究員)は、大学近くの一般的なマンションを、自身の身体や暮らし方に合わせて改修しながら生活していた。その後、二人で自宅を設計する際にも、それまでの改修経験をもとに、生活の文脈から空間を捉え直していった。

      ――身近なN=1の経験は、現在の研究へどのようにつながっているのでしょうか。

      丹羽さん:太一さんは、普通のマンションを自分の身体や生活に合わせてカスタマイズして暮らしていました。そこでの生活は、本当に普通でした。

      自宅を設計するときも、それまでの改修経験をもとに「こうしたらスムーズに暮らせる」「こちらの方が簡単だった」と考えながら空間をつくりました。

      「環境が人の可能性を変えることを実感した」といった大きな話ではありません。私たちにとっては、それが当たり前の前提でした。

      障害当事者の住環境は、ときに「困難を工夫によって乗り越えた事例」として語られる。

      しかし、丹羽さんの語りにあるのは、困難を克服する物語ではない。

      使う人の身体や行動に合わなければ、環境の方を変える。それによって日常生活が自然に成り立つのであれば、そこに特別な意味づけをする必要はない。問題は、個人の住宅では当然に行われている調整が、公共空間では例外的な対応として扱われていることにある。

      丹羽さん:これは住宅だけの話ではなく、本来であれば駅や空港、公共施設にも共通することだと思います。

      ただ、都市のなかでは、私たちが前提としていることが、一般的な前提にはなっていません。制度や文化、社会の仕組みの側に、その前提を組み込んでいく作業が、研究の仕事なのだと思っています。

      その人を「知る」ことで、誰かの前提が当たり前になる

      ――では、誰かの生活にとって当然のことを、自分の前提として理解するには何が必要なのでしょうか。

      丹羽さん:結局は、話すことだと思います。相手を知ることです。

      ”分かってあげる”というよりも、話して知ることで、「この人にとっては、これが当たり前なのだ」と感じられるようになります。

      障害の経験は、一様に同じではありません。

      身体障害のように、移動上の困難や必要な設備が比較的外側から分かりやすい場合もありますが、その一方で、発達特性や感覚特性、精神障害、内部障害のように、困難が外見から分かりにくい場合もあります。さらに、本人や家族が、障害や特性をどのように捉え、受け止めているかも異なります。

      診断を受けたばかりで、まだ生活の変化を整理できていない人もいますし、長年の経験を通じて、自分に必要な環境や支援を理解している人もいます。

      だからこそ、属性や診断名を知っただけで、その人の前提を理解したことにはなりえません。必要なのは、その人がどの場面で困り、何があれば行動でき、どのような状態を自然だと感じているかを知ることだと思います。

      公共空間の設計では、一人ひとりの生活をそのまま再現することはできない。それでも、誰の視点がこれまで標準から外されてきたのかを問い直し、選べる環境を増やすことはできる。

      公共空間のユニバーサルデザインをつくる鍵は、設備より先に「関わる人」にある

      丹羽さんは、中央大学 研究開発機構 機構教授である秋山哲男さんが代表を務めるプロジェクトに参加し、空港をはじめとする公共空間のユニバーサルデザイン調査に取り組んできた。

      空港の調査は、地方空港を含む約30空港で、3年から4年にわたり実施されてきたという。

      プロジェクトには、秋山さんや丹羽さんのような研究者、交通分野の関係団体(公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団)、コンサルタント、空港事業者、地域で暮らす障害当事者などが参加する。

      ――複数の空港を調査するなかで、最も重要だと感じたことは何でしょうか。

      丹羽さん:一番重要なのは、事業者側の方々の理解です。

      一緒に活動しているメンバーとも、結局は「人次第だよね」とよく話します。関わる人によって、取り組みは本当に変わります。

      調査では、空港の事業者と地元の当事者、私たちが一緒に、半日ほどかけて空港内を見て回ります。地方空港には古い建物もあり、最初から「ユニバーサルデザインなんてできません」とおっしゃるところもあります。反対に、「最近改修したので十分にできている」と、自信を持って参加されるところもあります。

      果たしてどうなのか、実際に一緒に見ることで、現在どこに問題があり、何が不足し、どのような困難が起きているかを確認します。

      調査の目的は、見つけた問題をすべて直させることではない。

      空港は、安全や保安を最優先に運営される。建物の構造、予算、改修時期、航空会社との役割分担など、短期間では変えられない条件も多い。そのため、現地で問題を共有した上で、次の整備や改修の機会に優先してほしいことを整理し、後日、解決策とともに伝えている。

      重要なのは、完成した提言書だけではなく、そこへ至るまでの共同作業にある。

      報告書を渡すだけでは、「できない理由」が先に立つ

      たとえば、専門家だけが現地を調査し、問題点をまとめ、事業者へ改善を求める。

      その方法は効率的に見える。しかし、報告書だけを受け取った事業者にとって、指摘は自分たちの仕事を否定する内申書のように感じられる可能性がある。なぜ必要なのかを実感できなければ、予算や建物上の制約が、できない理由として先に立つことだろう。

      ――空港を調査する中で、「一緒に見る」という過程の意義についてお聞かせください。

      丹羽さん:専門家だけが現地を調査し、問題点をまとめた書類だけを渡されたら、「これはできません」となってしまうと思います。

      一緒に歩くことで、なぜ必要なのか、なかったら何が起きるのかを理解していただけます。

      事業者の方は、調査の前には「何を言われるのだろう」と構えていることもあります。しかし実際に当事者と話してみると、「そのようなことでよいのか」「自分たちには、その視点がなかった」と気づかされる。身をもって知っていただくことが、最も重要だと思います。

      ここで行われているのは、当事者が事業者を評価することではないんですね。

      事業者がそれまで想定していなかった利用者の経験を、具体的な移動や行動として知ること。そして、当事者もまた、事業者が持つ安全上、運用上、構造上の制約を知ること。同じ空間を使いながら、互いの前提と制約を共有する、このプロセスこそに価値があるのだと私たちは考えています。

      問題点を指摘するだけでは、事業者は「改修する予算がない」「構造上できない」と構えてしまうかもしれない。しかし、その場所で何が起きているのかを当事者とともに知れば、設備の必要性は、抽象的な要望ではなくなる。

      なぜ、それが必要なのか。なければ、誰がどのように困るのか。すぐに変えられないとしても、次に改修する際、何を優先するべきなのか。こうした事業者からの問いが現場では自然と生まれ、問いへの当事者からの応答がリアルタイムに共有されていく。

      いわゆる「共創」が、単に当事者の要望を聞くことと異なるのは、この相互理解の過程があるからではないだろうか。

      駐車場に近いエレベーターが、正面入口からは遠かった

      空港の調査で見つかる問題には、設備がないことだけでなく、善意の配慮によって動線が分けられているケースもある。その一例が、ある空港のエレベーターだった。

      丹羽さん:当時、その空港のエレベーターは、建物の端に設置されていました。駐車場からすぐに利用できるようにという、配慮から生まれた位置だったのだと思います。しかし、正面入口から入った人にとっては、エレベーターが非常に遠い場所にありました。

      車椅子を使用する人だけが遠回りをする動線になっており、ユニバーサルデザインが目指す「同一動線」とは言えない状態でした。

      エレベーターを必要とするのは、車椅子を使用する人だけではない。ベビーカーを押している人、高齢者、けがをしている人、大きなスーツケースを持つ人も利用する。空港では、多くの利用者が日常とは異なる荷物や身体状況で移動する。

      それでも、建物の中心にはエスカレーターがあり、エレベーターは「特定の人が使う設備」として端に配置されることがある。

      この配置は、「設備を設けている」という意味では配慮できているのかもしれない。しかし、利用者の体験として見れば、移動経路を分離・分断してしまっている。

      丹羽さん:私が初めてユニバーサルデザイン調査に関わったのは、羽田空港で発生したエスカレーター事故の調査でした。

      エスカレーターでは、転落や転倒が思っている以上に起きています。上がりきるところで、後ろの荷物が落ちそうだと気を取られ、バランスを崩すこともあります。

      空港では、エスカレーターだけを主動線にするのではなく、安全性の高いエレベーターも、同じように主要な動線として機能させることが重要です。

      その空港では、その後、エレベーターの配置を含む改修が行われたのだそうだ。

      丹羽さん:エスカレーターやエレベーターの付け替えには大きな費用がかかりますから、すぐに実現するとは想定していませんでした。

      それでもその後、本当に素晴らしい改修が行われ、誰もがスムーズかつ安全に利用できる形へと見事に生まれ変わりました。

      空港側の方が真摯に受け止めてくださったことを振り返って、やはり「人次第だな」と思わされました。

      「人次第」という言葉は、理念への共感だけを意味しない。問題を自分の仕事として受け取り、制約があるなかでも、次の整備へつなげようとするひとりの人がいることで、空間は動き始める。

      設備を「点」で見るのではなく、搭乗までの「線」として捉える

      エレベーターが一台設置されれば、問題が解決するわけではない。入口からエレベーターを見つけられるか。エレベーターを降りた後、どちらへ向かえばよいか。チェックインや保安検査、搭乗口まで、同じ動線を切れ目なく移動できるか。

      個々の設備ではなく、出発から搭乗までの一連の体験として考える必要がある。

      丹羽さん:このとき、空港の一つの場所だけを見るのではなく、動線として考えることが重要だと思っています。

      エレベーターを移したら終わりではありません。2階へ上がった後、搭乗までの経路が分かりやすいか、どこを通れば安全か、先の見通しが持てるか。全体の移動を捉えながら、改修する必要があります。

      空港内が利用できても、空港から地域へ移動できないこともあります。地方空港によっては、中心市街地への主な移動手段がリムジンバスに限られます。しかし、一般的なリムジンバスには、車椅子のまま乗車できない場合があるのです。

      UDタクシーが十分に走っているとも限らない。利用者は事前に地域の介護タクシーを探し、予約しなければならない。

      丹羽さん:空港へ行くことはできても、空港から出られない場所があります。

      車椅子で移動しようとしても、リムジンバスには乗れない。東京のようにUDタクシーがあるとは限らない。そのため、事前に電話をして、地域の介護タクシーを予約する必要があります。

      空港の建物だけが整っていても、旅行全体の移動が成立するとは限りません。

      これは、施設単体のユニバーサルデザインでは見落とされやすい問題である。

      旅行者にとって、空港は目的地ではない。自宅から空港へ行き、飛行機に乗り、到着空港から地域へ移動する。複数の事業者や交通手段を横断して、初めて旅行が成立する。

      誰もが移動できる状態をつくるには、建物内部の設備だけでなく、移動の連続性まで見る必要がある。

      「見通し」は、様々な当事者が共通して求める切実な機会

      ――では、これまで当事者の声に耳を澄ます中で、最も重要だと思われるキーワードとは何でしょうか。

      丹羽さん:「見通し」です。

      これは、私一人の発想から生まれたものではありません。空港のユニバーサルデザイン検討に参加していた、車椅子使用者の丹羽太一さんや、ロービジョンの当事者であり設計に携わる方のご発言から、大きな影響を受けました。

      お二人とも、「見通し」という言葉をよく使っていました。世の中の空間やサインは、障害のない人の視点を基準につくられています。その人たちにとっては、少し進めば次の場所が見える、案内を探せば分かるという前提があります。

      しかし、ロービジョンの人には先が見えないことがあります。車椅子で進んだ先に、利用できるエレベーターがないこともあります。

      同じ感覚で進んでも、次に何が起こるか分からない。だから、当事者の視点から先を予測できる「見通し」が重要なのだと学びました。

      「見通し」は、視覚情報だけを意味しない。発達特性のある人にとっても、どの順番で手続きが進むのか、どこで待つのか、どのような音や明るさがあるのかを事前に知ることは、安心して行動するための条件になる。

      移動経路、手続き、感覚刺激、利用できる支援。

      自分がこれから経験することを予測できれば、必要な準備を行い、赴くかどうかを、自ら判断できる。

      サポートブックやセンサリーマップは、空港の体験を事前に予測するためにある

      見通しを支える具体的な取り組みの一つが、空港を利用する前に、搭乗までの流れや環境を確認できるサポートブックである。

      丹羽さんは、2026年1月に東京国際空港ターミナル株式会社が公開した「羽田空港体験サポートブック」の監修に携わった。

      丹羽さん:搭乗体験会を続けるなかで、事前に空港での流れを知るための資料が必要だという話になりました。

      羽田空港の担当者も、その必要性を理解してくださり、サポートブックを作成しました。そのなかには、センサリーマップも入れています。

      ただ、感覚特性は人によって異なるため、「この場所は必ずこう感じる」と言えるものではありません。刺激が生じる可能性を示すものとして掲載しています。

      センサリーマップは、施設内の音、光、におい、人の多さなど、感覚刺激の特徴を示す地図である。一方、何を基準に「刺激が強い」と判断するのかは難しい。

      音量を計測しても、測定時に人がいなければ静かに出る。利用者の人数や時間帯によっても状況は変化する。同じ音でも、心地よい人と強い負担を感じる人がいる。

      丹羽さん:何を基準につくるのかは、本当に難しいと思います。

      過去には音を計測したこともありますが、人がいないときに静かなのは当然です。カームダウンできる場所だけを表示すればよいのかという問題もあります。

      イギリスのミュージアムなどを調査すると、地方の施設にもセンサリーマップが用意されていました。ただし、表示されている場所が、必ずしも静かとは限りませんでした。それでも、必要な人にとっては、マップがあること自体が安心につながる可能性があります。

      スコットランドの調査でも、小学生の4割近くが何らかの感覚的な過敏の特性があるというデータもあるそうです。この感覚特性が「ある」とする基準をどう考えるべきか……などの論点は残されているものの、社会側は感覚特性の存在を認識して空間を作っていくべきであるという考え自体は間違いないと思っています。

      センサリーマップの価値は、刺激を完全に数値化し、すべての人に適した場所を保証することだけではない。施設の側が、感覚刺激によって利用しにくさを感じる人の存在を認識していると示すことにも意味がある。

      マップを目にした利用者は、自分にとって負担になりそうな場所を事前に考えられる。施設のスタッフも、音や光が利用上の障壁になり得ることを学べる。

      情報提供と同時に、社会の認識を変えるという啓発の役割も持っているツールこそがセンサリーマップなのだろう。

      子どもだけではなく、大人のニューロダイバーシティを考える

      丹羽さんは、ニューロダイバーシティに関する環境設計について、英国の事例も調査している。

      そのなかで注目したのが、ニューロダイバージェントの人を含む、多様な感覚特性に配慮した建築環境の指針であるPAS 6463だった。

      丹羽さん:日本の発達障害に関する環境整備の手引きでは、「大きな音を出さない」といった、比較的抽象的な説明が多い印象があります。PAS 6463では、音環境などについて、より具体的な数値も示されています。

      また、日本では子どもを対象にした取り組みが多い一方、イギリスでは大人を対象にした環境づくりも進められていると感じました。

      例えば銀行でも、感覚的な負担を感じた人が落ち着いて過ごせる、静かなスペースを設ける取り組みがあります。

      発達特性や感覚特性は、子どもの時期だけに存在するものではないんですね。成長すれば、学校から職場、行政施設、金融機関、交通機関など、利用する空間が変わる。しかし、日本では「発達障害のある子どもへの配慮」として議論されることが多く、成人後の生活環境は十分に扱われてきませんでした。

      調査対象となる大人を集めることが難しいという研究上の課題もあります。それでも、成人の働く場や公共サービスの利用まで含めて考えなければ、社会参加の選択肢は広がらないと思います。

      すべての人が静かな空間を必要とするわけではない。それでも、そのような場所が用意され、目的が説明されることで、感覚特性という存在への理解が社会のなかに広がっていく。

      搭乗体験会は、当事者だけでなく家族と事業者の不安も具体化する

      空港の設備や情報を整えるだけでは、実際に飛行機へ乗れるようになるとは限らない。

      空港へ到着し、手続きを行い、保安検査を通過し、機内へ入り、座席に座る。発達特性のある人や家族にとって、初めて経験する一連の行動には、多くの予測できない要素がある。

      丹羽さんたちは、日本航空の関係者とともに、実際の搭乗に近い体験会へ関わってきた。ただし丹羽さんは、この体験会は研究者側の成果ではなく、J-AIRをはじめとする企業側の大きな努力によって成立していることを強調する。

      ――搭乗体験会は、どのように実施されているのでしょうか。

      丹羽さん:もともと空港のUD調査をするなかで、車椅子使用者や視覚障害者など、外見から分かりやすい障害については、何が問題になるかをある程度想像できました。

      一方、外見からは分かりにくい障害について、何をすればよいかが分かりませんでした。

      2018年に英国のヒースロー空港を訪れた際、精神障害、発達障害、内部障害、慢性疾患など、外見から分かりにくい障害への対応が進められていることに衝撃を受けました。日本航空の方々も、車椅子使用者への接遇研修は行っているけれど、外見から分かりにくい障害のある人へどのように対応すればよいか分からないと感じていました。それなら、実際に搭乗体験会を行おうということになりました。

      体験会は二つの段階に分けられている。

      最初の段階では、訓練施設で搭乗に関わる一連の流れを体験する。次の段階では、実際の空港へ行き、駐機している本物の航空機に乗り込む。飛行はしないものの、運航していない機体を使用するため、実施時間が夜間になる場合もある。

      J-AIRの客室乗務員をはじめとする有志のスタッフが、当事者への案内、参加者との調整、訓練施設や機体の確保などを担っているという。

      丹羽さん:特別な予算が用意され、研究者が主体となって実施しているものではありません。

      有志の皆さんが、休みの日や勤務の合間を使い、手弁当で準備されています。駐機している機体を使うための調整も含め、膨大な企業としての努力によって成立しています。

      私の成果ではなく、J-AIRの皆さんの取り組みであることを、ここできちんとお伝えしたいです。これほど本格的な体験会を継続的に実施していただいているというのは、本当に貴重で価値のあることだなと感じています。

      漠然とした「乗れない」が「ここで困る」に翻訳される

      搭乗体験会によって得られるものは、航空会社の接遇改善だけではない。当事者本人にとっては、実際の搭乗に近い流れを経験することで、次に何が起こるかを予測しやすくなる。

      さらに大きな変化が見られるのが、同行する家族だという。

      丹羽さん:事前に体験しておくことによって、本人には予測可能性が生まれ、安心につながります。

      親御さんへの効果も大きいです。それまでは、「何となく不安だから、この子には飛行機は難しいだろう」と考えていた状態から、「この子はここで困るのか」「これを準備すれば乗れそうだ」と具体的に分かるようになります。漠然とした不安が、具体的な課題へ変わることで、「これなら旅行に行けるかもしれない」という理解につながるんですね。

      体験の結果、飛行機に乗れると分かった家族もいます。今の状態では難しいと分かる場合もあります。どちらも、本人と家族が次の行動を判断するための情報になるのです。

      「障害があるから飛行機は難しい」という大きな括りではなく、空港のどの場面に負担があり、何があれば参加できるのかを分解できる。

      同時に、航空会社のスタッフも、資料上の障害特性ではなく、実際の行動や家族とのやり取りを通して、必要な支援を理解する。

      さらに、搭乗体験会の価値をその場で得られた感想だけで終わらせないため、事前と事後のアンケートも実施されている。心理学の専門家も参加し、結果は研究として整理され、論文化されているという。

      丹羽さん:発達障害のある人へのユニバーサルツーリズムの取り組みは、国内外を見ても、単発で終わることが多いと思います。

      今回は旅行そのものではありませんが、その前段階にある搭乗体験を、継続的に行っていただいています。

      事前・事後の調査を行い、心理学の専門家にも入っていただき、成果を論文としてまとめています。

      イベントとして好評だったという事実だけでは、ほかの空港や航空会社が導入を判断するための根拠としては弱い。

      本人の不安がどのように変化したのか。家族の旅行に対する認識は変わったのか。事業者の理解や対応に、どのような影響があったのか。継続的にデータを蓄積することで、個別の成功事例を、別の現場でも参照できる知識へ変えられる。

      当事者参加によって生まれた経験を、研究と実務の双方で使える形に翻訳することも、共創を広げるために必要な過程である。

      批判ではなく、「知らなかった」「分からなかった」事実を共有する

      当事者の視点から公共空間を見れば、これまで見過ごされてきた問題が数多く見つかる。

      しかし、それを事業者の不足や失敗として批判するだけでは、改善へつながらないこともある。

      ――事業者とのコミュニケーションで意識していることはありますか。

      丹羽さん:批判はしないようにしています。批判をしても、何も生まれないと思っています。ただし、知ってもらうことは重要です。

      事業者には、安全、予算、運用、人員、建物の構造など、多くの制約があると思うのです。当事者の要望をすべて実現できないこともある。それでも、できない理由だけを確認して終わるのではなく、何が問題なのかを一緒に理解し、次に変更できる機会を探すことが求められます。

      そのためには当事者の声を、要求事項の一覧として伝えるだけでは足りません。どの場面で何が起きているのか。利用できないことで、どのような社会参加が阻まれているのか。設備を変えられないなら、情報提供やスタッフの対応など、別の方法で何ができるのか。

      当事者の経験と、事業者の意思決定の間を翻訳する必要があると思うのです。

      一緒に現場を見る方法は、その翻訳を、報告書の文章だけに委ねないための実践でもある。

      最初に守るのは安全、その先にある「誰を、何を標準にしてつくっているのか」という視点

      空港は、安全性が最優先される場所である。すべての要望を自由に実現できるわけではない。保安、運航、避難などの条件を満たさなければ、利用者の安全そのものを損なう。

      丹羽さんは、公共空間を変えていく上で、安全、社会参加、使いやすさという順序を意識している。

      丹羽さん:誰を標準に、何を標準にして社会や制度をつくっているのかという視点が、最も重要だと思います。

      ただし、何よりも先に、安全を確保する必要があります。空港では特に、安全性が第一です。

      その次に考えるべきなのが、これまで十分にできなかった社会参加を、どうつくるかということです。その上で、ユーザビリティや、より使いやすくするための考え方を伝えていく必要があります。

      安全を理由に、参加そのものを制限することは容易である。一方、参加を優先するあまり、安全上必要な条件を軽視することもできない。重要なのは、安全か参加かという二者択一にしないことだ。

      安全を確保した上で、これまで排除されてきた人が参加できる方法を探す。参加できるようになった後に、さらに分かりやすく、快適に、本人が選びやすい環境へ更新する。

      公共空間のインクルージョンは、一度の改修で完成するものではない。優先順位を持ちながら、段階的に前提を広げていく作業である。

      全員を同じ場所へ集めるのではなく、機会と選択肢を持てる都市へ

      誰もが居場所を持てる都市とは、すべての人が同じ空間を、同じ方法で使う都市ではない。

      人によって、必要な明るさ、音、距離、情報、移動方法は異なる。

      一つの標準に全員を合わせるのではなく、自分の状態に合った選択肢を持ち、それを利用できることが重要になる。

      ――最後に、丹羽さんの中で考えられている「誰もが居場所を持てる都市のアップデート」に、どのような当たり前があると良いと思われているのか、というところを伺いたいです。

      丹羽さん:すべてを同じようにすることが、目指す姿ではないと思っています。

      それぞれに選択肢があり、自分に合わせて使えるようになることが大切です。

      車椅子使用者であれば、段差を解消する、トイレを広くするといった方法は、比較的分かりやすく形にできます。一方、発達特性や感覚特性のある人には、すぐに「これがあればよい」と言えるものがあるわけではありません。

      「ここへ行けば安心して過ごせそうだ」と思える選択肢を持ちながら、社会参加できる状態をつくることが重要だと思っています。

      選択肢をつくれば、すぐに利用できるわけでもない。

      空港の調査へ当事者を招こうとしても、空港までのバスに乗れず、参加できないことがある。意見を聞く場へ来るための手段が、すでに利用できない。当事者参加を掲げながら、参加できる人だけの意見を集めてしまう可能性は常にある。

      だからこそ、誰がその場に来られていないのか、今、誰の声を聞けていないのかを問い続けなければならない。

      N=1を公共の前提へ変えるために

      一人の生活に合わせて住まいを変えることは、個人的な工夫として完結させることもできる。

      しかし、その人が駅や空港、職場、文化施設へ出れば、再び社会が設定した標準に直面する。自宅では自然に暮らせるのに、公共空間へ出た途端、特別な支援を求める人として扱われる。その隔たりを埋めるには、個人が公共空間へ適応し続けるのではなく、公共の前提を更新する必要がある。

      丹羽さんたちが空港で行ってきたのは、完成した解決策を専門家が持ち込むことではなかった。地域の当事者、空港事業者、研究者が同じ動線を歩く。困難が生まれる場所を一緒に見る。なぜ必要なのかを理解し、すぐに変えられないことも共有する。その上で、次の改修や運用改善へ知識を残していく。

      搭乗体験会でも、本人に飛行機の乗り方を教えるだけではない。

      本人と家族が、どこで困るのかを知る。航空会社が、外見から分かりにくい困難を具体的に知る。双方が体験を持ち寄り、旅行を実現する条件を探す。

      共創によって変わるのは、設備だけではない。

      事業者が想定する利用者像、家族が抱いていた漠然とした不安、専門家が持っていた障害への理解も更新されていく。

      私たちが公共空間を設計するとき、誰の身体、感覚、理解の仕方を「標準」としているだろうか。速く歩ける。文字やサインをすぐに見つけられる。人混みや大きな音に耐えられる。初めての場所でも、説明を読めば行動できる。その前提に当てはまらない人を、例外として後から支援するだけでは、公共の標準は変わらない。

      一人の前提を知り、それを社会が持つ前提と並べてみる。両者の差を、同じ場所を歩きながら確認する。その小さな共同作業の積み重ねによって、公共空間は標準に合う人だけが迷わず使える場所から、それぞれが自分に合った方法を選べる場所へ変わっていく。

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