インクルーシブデザインがひらく『問い』――コクヨが本社オフィス移転を機に見つめたウェルビーイングな働き方と組織風土
コクヨ株式会社
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2026年5月、コクヨは90年ぶりに本社オフィスを移転、「KOKUYO HQ」としてオープンしました。
グラングリーン大阪への移転は、単なる拠点の変更ではなく、これからの働き方や組織のあり方を考え直す機会を創出することも目的とされていました。
コクヨが新オフィスの構想や企画を進める中、CULUMUは「多様な人が活躍できるオフィスとは何か」を考えるワークショップの企画・進行を支援しました。今回お話を伺ったのは、ワークショップの企画側として関わった大西さん、卜部さん、そして参加者としてワークショップを体験した原田さん、水﨑さんの4名様です。
ワークショップ実施後の振り返りとして行った今回の取材で印象的だったのは、4名様の話が、空間の話だけにとどまらなかったことです。語られていたのは、『新しいオフィスをどうつくるかだけではなく、その場をどう使いこなし、どう育てていくか』ということでした。インクルーシブな働き方は、設備や制度だけでは完成しない。むしろ、働く一人ひとりの見方やふるまいが問われている。そんな実感が、4名様の言葉のあちこちににじんでいました。

コクヨのオフィス移転事例に見る、従業員だけに閉じない新しいオフィスづくり
今回の移転について、大西さんが大切にされていたのは「多様な方に使っていただける場づくり」だったと話します。
大西さん:「従業員のためだけのオフィスではなく、もっと広い関係性の中で場を捉えたい。そんな発想が、プロジェクトの土台にありました。
まずプロジェクト全体としては、多様な方に使っていただける場づくりをしたいと考えていました。CULUMU様にご相談した当初は、まだ、明確なコンセプトが決まっていたわけではないのですが、企業と従業員だけではなく、社外の人や従業員の家族であったり、いろいろな方と繋がれる場にしたい、という思いがありました。」

コクヨでは「働く・学ぶ・暮らす」を支えるモノやサービスをつくり、展開してきています。働くだけではなく、学びや暮らしともつながる発想で場を考える。その考え方が、今回の本社移転にもつながっていたようです。
一方で、今回の移転が“事業横断そのもの”を目的にしたものではなかったともお話しいただきました。大事だったのは、境界をなくすこと自体ではなく、コクヨらしさを活かしながら、いろいろな人が関われる場をつくることでした。
大西さん:「今回の目的ではコクヨらしさをきちんと表現して、いろいろな方に利用していただける場をつくりたいという思いの方が大きかったです。」
その文脈で出てきたのが、コクヨが社内で使っている「A面」「B面」という表現です。本業としての顔だけではなく、趣味や得意なこと、個人の活動まで含めて、その人の活動を社会に表現していく。場づくりの発想も、そうした人の多面性や活動とつながっていることが伝わってきます。
大西さん:「従業員が個人で行っている活動も、会社がサポートしていく。そうすることでコクヨとしても関係人口を増やすことができると考えています。結果として仕事にもつながり、事業領域が広がると考えていました。」
オフィスのインクルーシブデザインを実践するために、コクヨがCULUMUのワークショップを選んだ理由
そうした問いに向き合う方法として、コクヨが選んだのが体験型のワークショップでした。卜部さんは、その背景にあるものとして、コクヨの『実験カルチャー』を挙げます。まずやってみること。自分の感覚を通して考えること。その姿勢が、今回の進め方にも通じていました。

卜部さん:「コクヨには『実験カルチャー』という言葉が社内に浸透しています。自分がやってみてどう感じたのか、その経験を持ってお客様に提案する。仕事もオフィスも、そうした考え方を大切にしているので、体験型のプロセスはコクヨらしい進め方だったと思います。」
卜部さんが特に大事にしていたのは、「多様な人が活躍できるオフィス」と考えたとき、その“多様な人”を自分たちはどこまで思い描けているのか、という問いでした。多様性という言葉は使えても、その中身が十分に共有されているとは限らない。そこに向き合うには、説明を受けるだけではなく、自分たちで体験をして言葉にする時間が必要だったのだと思います。
卜部さん:「みんなが思っている“多様な人”って、そもそも何なんだろうか、ということが個人的にはすごく大事なテーマでした。それを共有したり、言語化したりするために、ワークショップという形が必要だと思いました。」
そのきっかけの一つになったのが、CULUMUのペルソナカードです。身体的な特性のように想像しやすい違いだけではなく、もっと幅広い背景や前提を持つ人が具体的に描かれている。その具体性が、参加者の視野を広げる入口になったといいます。
卜部さん:「カードを見たときに、ここまで想像できていなかったなと感じるものがたくさんありました。みんなの視野を広げるのに、とても良いのではないかと思ったんです。」
企画全体を見ていた大西さんも、当日の空気に強い手応えを感じていました。ワークショップを提供する立場でもあるからこそ、参加者の反応は印象的だったようです。
大西さん:「こんなに盛り上がっているワークショップは見たことがないな、というのが率直な感想でした。最初から参加者の意見が活発に出ていて、それがとても印象的でした。」
その理由として、大西さんが挙げたのも、やはり具体的に想像できることの強さでした。
大西さん:「カードのペルソナ像が具体的に書かれているので、とても想像しやすく、自分ごととして考えやすい設定がされているように感じました。多様性を考えるときに、いかに具体的にイメージできるかが大事なんだと思います。」
インクルーシブデザインが気づかせた、「多様な人」の中にいる自分自身
ワークショップを通じて生まれた気づきの中でも印象的だったのは、「多様な人」は自分の外側にだけいる存在ではない、という実感でした。卜部さんは、ワークショップを通じて得た気づきを、次のように振り返ります。

卜部さん:「特定のカードが強く印象に残ったというより、私も多様な人の一人なんだなと実感できたことが大きかったです。」
誰かを理解しようとする場でありながら、同時に自分を見つめ直す場でもあった。カードに描かれた困りごとや違和感の中に、自分にも重なる部分があったからこそ、多様性は“外側にいる誰かの話”ではなくなっていきます。
卜部さん:「一つひとつのカードを見ていく中で、すごく共感する部分もあったし、課題が一緒だなと思うこともありました。全然属性は違うけれど、共通の課題だと感じることもありました。」
さらに卜部さんは、ジェネレーションギャップに関する視点も、以前より身近なものになったと振り返ります。
卜部さん:「シニア従業員のカードも共感する部分が多かったです。小さい文字が見えづらい、以前より集中力が持続しない、といった変化は私も日頃感じます。今はまだ実感のない人もいつか通る道なんじゃないかと思うと、すごく身近な問題として考えられますよね。 」
“多様性を理解する”というと、自分とは異なる誰かに視点を向けることのように聞こえます。けれど今回の対話から見えてきたのは、それだけではありませんでした。自分自身もまた、多様な一人として場の中にいる。その実感が、ものの見方を少しずつ変えていったのだと思います。
ウェルビーイングを阻む、職場の“元気な人”前提のオフィス設計
参加者としてワークショップに臨んだ水﨑さんからは、これまでのオフィスが、思っていた以上に“元気な人向け”だったのではないか、というお話がありました。この言葉が指していたのは、身体的な条件だけではない広義なものでした。

水﨑さん:「印象に残っているのは、思ったより元のオフィスが元気な人向けにつくられていたんだな、と気づいたことです。良かれと思ってやっているデザインが、実は誰かにとってはバリアになっていた、というところが私には衝撃でした。」
たとえば、オープンで開放的なオフィスは、一般にはポジティブに語られやすいものです。けれど、その“よさ”が、すべての人にそのまま当てはまるとは限らない。水﨑さんからは、そのことについて、ご自身の実感を交えてお話しいただきました。
水﨑さん:「元のオフィスには間仕切りがほとんどなくて、オフィスをご案内するときに『開放的で良いオフィスです』と説明していました。でも一方で、開放的なことで弊害になっているケースもあるなと気づきました。例えば、家庭のことに関する電話をしづらかったり、上司に相談するときに気まずかったり。個人的に好きなカフェエリアも、仕事が捗っていないときにそこで休憩することに後ろめたさを感じる人もいるのかなと思いました。」
さらに水﨑さんは、“元気な人”という言葉の中に、コクヨが無意識に前提としてきた人物像も含まれているのではないかと語ります。
水﨑さん:「身体的なことももちろんそうですし、コクヨが求めている人間像みたいなところが“元気な人”にあたるのかなと思っています。例えば、積極的に発言するとか、自分を持っているようなイメージです。一方で、そういう人だけではないし、会議で発言していないのではなく、発言しにくい方もいると思います。」
この言葉は、単なる“配慮”の話ではなく、組織の中でどのようなふるまいが無意識に標準とされているのか、という問いになります。積極的に発言する人、オープンな場に入りやすい人、開放感を自然に楽しめる人。その前提が強くなりすぎると、そこに当てはまらない人の感じている違和感は、見えにくくなってしまうのかもしれません。
組織風土を変える第一歩、人によって異なる「多様性」の捉え方
原田さんは、ワークショップに参加する前、多様性という言葉をもっと別の意味で捉えていたと話してくれました。原田さんにとって、多様性とは当初、事業や部門、職種の違いを前提にしたものでした。

原田さん:「私はワークショップのお話をいただいたときに、他部門の文具やECサイトを担当されている方たちと、いろいろな視点から課題を考える場だと思っていました。実際に参加してみると、身体的とか精神的とか、バックグラウンドが違う方の視点に関する内容だったので、それがまず意外でした。」
良いオフィスを考えるとき、自分の業務や自分の行動を軸に考えてしまうのは自然なことです。けれどワークショップでは、そこからさらに外側へ視野を広げることが求められました。原田さんは、その経験が自分にとって新しい入口になったと振り返ります。
原田さん:「良いオフィスと考えたときに、どうしても自分の視点で、自分がどう行動できるかを考えてしまうので、なかなかバックグラウンドが異なる方についてまで考えが及ばなかったです。それを考えるきっかけになったのは、良いことだったと思います。」
多様性という言葉はよく使われますが、そこから何を思い浮かべるかは、人によってかなり違います。今回のワークショップが果たした役割の一つは、その前提の違いをならすことではなく、「自分はこう考えていたのか」と気づける状態をつくることだったのかもしれません。
心理的安全性とは何か?職場に潜む見えにくいバリアは、日常の中で置き去りにされやすい
今回の取材で繰り返し話題に上ったのが、心理的なバリアでした。物理的な不便さとは違い、心理的な負担は周囲から気づかれにくく、本人の中でも『これは言うほどのことなのか』と迷いやすいものです。原田さんのお話からも、そうした心理的なバリアを言葉にし、共有していくことの難しさがうかがえます。

原田さん:「普段働いている中で、他の部署とか他社の人が集まっているところに、なかなか入りにくかったりすることが日常的にあると思っています。物理的な支障ではないので後回しにされがちですし、『自分勝手な意見かもしれない』『その部署特有のことかもしれない』と思うと、なかなか人に伝えにくいんです。」
困っていないわけではない。でも、それを声にしてよいほどのことなのか、自分でも判断がつきにくい。その迷いがあるからこそ、違和感は見えないまま残りやすいのでしょう。原田さんは、フリーアドレスにも同じような難しさがあると話します。
原田さん:「席は自由と言われるけど、『ここは営業界隈だから他にしよう』とか、そういう心理的な障壁は、もしかしたら新しいオフィスでもあるのかもしれないですね。」
ワークショップは、日々のオフィス利用の中で見過ごされがちな小さな負担に、改めて目を向ける機会にもなりました。
水﨑さん:「バリアを見つけたとしても、他の人は感じてなくて、それを感じているのは自分だけかなと思ったら、自分が我慢したり、努力すれば解決するかもなと考えて終わらせてしまうことがありました。」
その感覚は、座席の距離感のような、ごく日常的な場面にも表れます。
水﨑さん:「仕事をするうえで座席の距離が近いこと自体は問題ないのですが、そこから自然にコミュニケーションを広げていくとなると、私自身が人見知りなこともあって、ちょうどよい距離感をつかむのが難しいと感じることがあります。」
こうした違和感は、大きな困りごととして表れるわけではないかもしれません。それでも、少しずつ積み重なれば、場の居心地や働きやすさに影響します。インクルーシブな場を考えるうえでは、この“はっきり困っているとは言い切れない違和感”を、どう言葉にしていけるかが重要なのだと感じました。
心理的安全性の唯一解は存在しない、配慮を固定化しないオフィス運用
企画側としてこのテーマに向き合う中で、大西さんが特に意識されていたのは、「配慮」そのものが、別のバリアになる可能性でした。誰かにとって必要な工夫が、別の人にとっては遠慮や緊張を生むこともある。その難しさについて、大西さんは次のようにお話しされています。

大西さん:「バリアに気づくことがある程度できたとしても、そこに配慮することが、別の意味で新しいバリアをつくってしまわないか、と考えることがあります。」
だからこそ、正解を一つ決めて終わりにはできない。人によっても、場面によっても、フィットするあり方は変わっていきます。
大西さん:「正解は一つではないと思っています。人にもよるし、環境にもよる。だから、やりながらフィットするように変えていくしかないのかなと感じています。」
卜部さんも、心理的なバリアには明確な答えがないと話します。
卜部さん:「心理的なバリアは、答えが明確にあるものではないと思うので、難しいですよね。」
そして、その難しさを前提にしたうえで、一気に変えるのではなく、少しずつ受容や理解を広げていくしかないのではないか、と続けます。
卜部さん:「ガラッと一気に変えるのは難しくて、それこそ組織風土と一緒で、一人ひとりの受容をじわじわと広げていく、深めていくしかないのかなと思っています。」
設備や制度を整えることは大切です。ただ、それをどう使うのか、どう受け止めるのか、どんな言葉を添えるのかまで含めて考えなければ、せっかくの仕組みも形だけになってしまう。今回の対話では、そのことが繰り返し確かめられていました。
コクヨのオフィス事例から考える、使う人が育てるインクルーシブな職場
今回のワークショップで印象的だったのは、完成したオフィスをただ受け取るのではなく、使いながらよりよい場にしていくという視点が共有されていたことでした。
実際に、新しいオフィスで働き始めると、すでにいくつかの違和感も出てくる。けれど、それを単なる不満で終わらせるのではなく、対話のきっかけにしていきたい。そんな姿勢も語られました。

水﨑さん:「言うのは誰でもできると思うので、その部分をネガティブに捉えるのではなく、『なんで過ごしにくいのだろうか』と考えたり、それを発見として対話の機会にしたり、設計された方の意図を聞いてみたりできればいいなと思います。」
原田さんからは、今回の振り返りを通じて、使いながら更新していくことの大切さをあらためて感じたというお話をいただきました。
原田さん:「全ての人に適したオフィスづくりは難しいと思うのですが、会社としてこういうところを目指したいとつくったオフィスに、従業員も馴染んでいく必要があると思っています。その中で使ってみて感じたことや、使いにくいところが出てきたら、またアップデートしていけばいいのだと思いました。」
オフィスは、完成したものを一方的に受け取る場ではなく、使う人が日々の気づきや違和感を持ち寄りながら、自分たちにとって使いやすい場へと育てていくもの。今回のワークショップや振り返りは、コクヨがもともと大切にしてきたその考え方を、あらためて実感する機会にもなりました。
コクヨが目指す、『問い』をひらく新しいオフィスと組織風土
取材の終盤では、卜部さんから、新しいオフィスは、コクヨ様がこれまで重ねてきた実験から導き出した「一つの答え」であると同時に、これからも使いながら検証を続けていく現在進行形の実験の場でもある、というお話をいただきました。あわせて、その場を通じて、コクヨ様が向き合う働き方や場づくりの問いを、お客様とも共有していきたいという視点についてもお話しいただきました。

卜部さん:「今回あらためて、企画側、参加者、CULUMUのみなさんと話す中で思ったのですが、新しいオフィスでは、お客様とも問いを共有し、一緒に答えを考えていけるようになると、とても良いなと思いました。」
これまでのオフィスには、「私たちはこう考えて、こう働いています」と示す役割が強くあったのかもしれません。一方で今回の対話を経て見えてきたのは、これまで重ねてきた実験から導き出した「一つの答え」を固定された正解として示すだけではなく、「私たちは今こういう問いを持っている」とひらいていくことの価値でした。
その感覚は、卜部さんが今回のワークショップを振り返って語った、次の言葉にも重なります。
卜部さん:「一番良かったことは、答えがない課題に対して、みんなで答えを探ろうということではなくて、問いや気づきを共有できたところです。」
インクルーシブなオフィスを目指すということは、正解を一つ決めることではありません。違和感や発見を持ち寄りながら、「自分たちは何を前提にしていたのか」「誰を見落としていたのか」を問い続けること。その積み重ねが、場のあり方を少しずつ変えていくのだと思います。
新しいオフィスをどう使いこなすか。その問いに、すぐ一つの答えは出ないかもしれません。けれど自分もまた多様な一人であると知ること。誰かの感じている小さな違和感を、些細なこととして流さないこと。そして、答えを急ぎすぎずに対話を続けること。その姿勢こそが、インクルーシブな働き方を支える土台になっていくのではないでしょうか。
コクヨ様が今回の移転で目指しているのは、単なるオフィスの刷新ではありません。新しい空間で、働く人たち自身の意識を変えていく。そんな挑戦が、ここから本格的に始まります。4人の皆様のお話からは、その強い想いが感じられました。

編集後記:KOKUYO HQから始まる、これからの対話
取材後、コクヨ様の新本社「KOKUYO HQ」は報道関係者向けに紹介され、2026年6月16日にオープンしました。

今回の記事では、新しいオフィスの具体的な空間や仕掛けそのものではなく、その場で働く一人ひとりが、日々の違和感にどう気づき、問いを共有し、よりよい働き方につなげていくのかに焦点を当てました。
オフィスは、完成した答えを示すだけの場所ではなく、働く人や訪れる人が「自分たちは何を前提にしているのか」「誰にとって使いやすい場なのか」を考え続ける場所にもなり得ます。
KOKUYO HQのオープンを経て、そこで交わされる対話や、使いながら試していく実験もまた、インクルーシブな働き方を考え続けるための大切な手がかりになっていくのだと思います。
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