「分裂するデザイン、取り残される空間」インクルーシブデザインスタジオが建築をやる理由|Designship 2026 登壇レポート

    • #レポート

    「CULUMUは、建築をはじめます」

    2026年10月11日、Designship 2026の2日目。Open Stageに立った桑原寿記は、セッションの序盤でそう宣言しました。

    登壇のタイトルは「分裂するデザイン、取り残される空間」。インクルーシブデザインスタジオCULUMUが、なぜ建築に取り組むのか。アパートメントホテル「MIMARU」との実証プロジェクトを紹介しながら、その背景にある考え方を語りました。

    そもそも、インクルーシブデザインとは

    インクルーシブデザインは、高齢の方や障害のある方、外国から来た方など、これまでデザインの過程から取り残されがちだった人たちを、つくる段階から仲間として迎え入れるデザインの考え方です。

    ポイントは、その人たちを「配慮する対象」ではなく、「一緒につくる当事者」として捉えること。当事者が感じている不便や工夫には、多くの人がまだ気づいていないヒントが隠れています。そこから生まれたアイデアは、結果として誰にとっても使いやすいものになることが少なくありません。

    インクルーシブデザインは、多様な背景や特性を持つ人々の視点を起点に課題を捉え、当事者とともに新たな価値を生み出していくアプローチです。

    空間とデジタルを行き来してきた人

    桑原の経歴は少し変わっています。日本と中国で約10年、空間デザイナーとして働き、中国ではアプリとお店が一体になった次世代の店舗をつくってきました。その後、コンサルティングファームとAIベンチャーを経て、CULUMUに加わりました。

    CULUMUはこれまでも、当事者と一緒に空間づくりに取り組んできました。発達特性のある子どもと家族と考えた「お支度スペース」のある住まい、学校建築のつくり方の提案、オフィス移転にあわせた働き方づくり、ろう者と一緒に考えた博物館の体験。昨年からは、LIFULLや日建設計、東京大学などとの共同研究も始まっています。

    今回発表した「CULUMU Architects」は、その延長を本格的な取り組みにするための専門チームです。空間をつくるチームと、AI・デジタルのチームが組んで動きます。

    掲げる言葉は「人間の“ちがい”を、設計原理にする」。ちがいを配慮すべき例外として扱うのではなく、つくるときの出発点にする、という意味です。……と言われても、まだピンとこないかもしれません。そこで桑原が持ち出したのは、あるホテルの話でした。

    ホテルの部屋を、思い浮かべてみてください

    ドアを開けると、手前にバスルームとトイレ。奥へ進むと、人数分のベッドが並んでいる。

    たぶん多くの人が、ほとんど同じ絵を思い浮かべたのではないでしょうか。住まいも同じで、「3LDK」と聞けば広さや間取りがすぐに浮かびます。桑原は会場にそう問いかけたうえで、こう続けました。私たちは知らず知らずのうちに、「標準的な家族」という、どこにもいない像に向けて空間をつくっているのではないか、と。

    MIMARUとのプロジェクトでは、発達特性のある子どもとその家族と一緒に、「誰もが安心して滞在できるホテル」を京都の二つのホテルで試しました。64家族へのアンケートから始め、4組の家族に実際に泊まってもらっています。

    話を聞くと、どの家族も「子どもにいろんな経験をさせたい」と強く願っていました。それなのに、周りに迷惑をかけないよう気を張り、予定を減らしたり、早めに切り上げたり。旅行を、自分たちで小さくしてしまっていたのです。困りごとの原因は本人の特性ではなく、環境とのミスマッチ。段差をなくすような従来のバリアフリーでは届かない部分でした。

    困りごとを消すのではなく、「状態」をつくる

    そこでチームは、「こうあってほしい」という状態を整理しました。先の見通しが持てる。音や光の刺激を自分で調整できる。いつもの生活を再現できる。負荷を分けられる。人との距離を選べる。この5つです。

    ここからが、このプロジェクトのいちばんおもしろいところです。見通しの情報は、海外から来た旅行者にも役立つ。静かに休める場所は、妊娠中の方や出張帰りでくたくたの人にもうれしい。一番困っている一人のためにつくったものが、気づけばホテル全体の居心地を引き上げていました。

    もう一つの発見は、体験はホテルに着く前から始まっているということ。事前に届く情報や、スタッフとの関わりがあってはじめて、安心が生まれます。空間は、ハードだけでは完成しない。UXに関わる人なら、思わずうなずく話ではないでしょうか。

    デザインの50年は、「分裂」の歴史だった

    体験は、本来ひとつにつながっているはず。なのに、どうしてこんなにバラバラなのか。ここで話は、デザインの歴史へと大きくさかのぼります。

    70〜80年代は、つくれば売れる大量生産の時代。デザインの相手は顔の見えない「大衆」で、接点は商品と広告、そしてお店の三つだけでした。

    90年代、インターネットがやってきます。広告はデジタルにも枝分かれし、相手は「大衆」から「ターゲット」へと細かくなりました。

    2000年代、スマホとSNSで誰もが発信する側になります。接点はさらに割れ、相手は「ユーザー」に。デザイナーはペルソナを描くようになりました。ただ、そのペルソナも、よく見れば精巧につくられた「平均」です。

    そして今。生成AIで誰もがデザインできるようになった一方で、「誰に向けたのか分からない」デザインがあふれ、分裂はさらに加速しています。

    枝分かれを重ねていく図を前に、桑原は言います。あれだけ分裂したのに、ひとつだけ分裂できなかったものがある。それが、空間です。

    デジタルの接点がいくら増えても、人が実際に過ごす場所は、ほとんど昔のまま。デザインの進化から、空間だけが置いていかれてしまった。タイトルの「取り残される空間」とは、このことでした。

    取り残されたのは、弱さではなく強さかもしれない

    なぜ空間だけが取り残されたのか。答えはシンプルで、空間は描いて、つくって、使うまでに、たくさんの人の手と長い時間がかかるから。デジタルのように一瞬でコピーしたり、無限に増やしたりはできません。

    ところが桑原は、ここで話をひっくり返します。それは弱点ではなく、むしろ逆だ、と。空間は必ず「この場所の、この人のため」に立ち上がる。だから無責任になれないし、届ける相手の顔から逃げられない。AIがいくらでもデザインを生み出せる時代に、それはいちばん希少な価値なのかもしれません。

    ジャーニーマップを描くとき、空間はたいてい“通過点”として一行で済まされがちです。でも、デジタルとつながれば人の動きも運営も変わり、空間の形そのものが変わっていくはず。桑原は中国の店舗づくりで、まさにそれを経験してきました。レジが消え、人が集まる場所が変わり、店はこれまでの常識とはまったく違う姿になっていったといいます。

    平均ではなく、N=1から

    そのときに立ち返るのが「N=1」、たった一人の当事者から考える姿勢です。MIMARUで起きたのも、まさにこのことでした。平均をいくら細かく分析しても出てこない答えが、一人を深く知ることで見えてくる。CULUMUではこれを「当事者発想」と呼んでいます。

    デザインの主役は、時代が進むほど空間から遠ざかっていきました。CULUMU Architectsは、その流れを逆向きに進め、空間との距離をもう一度縮める役割を担いたいと考えています。

    Solve for One, Extend for Many

    セッションの最後、スクリーンに映し出されたのはこの言葉でした。たった一人に寄り添うことが、めぐりめぐって、多くの人の価値になる。

    ホテルの一室から始まった話は、デザインの歴史をぐるりとたどって、この一文に戻ってきました。画面の中のプロダクトでも、手に取るモノでも、そして人が過ごす空間でも、きっと同じことが言えるはずです。CULUMUは、それを空間から確かめていきます。

    セッションをお聞きいただいた皆さま、ありがとうございました。登壇資料はSpeaker Deckで公開しています。ブース出展の様子はこちらの記事からご覧ください。

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