AIが“平均値”を量産する時代に、企業が「強い問い」をつくる方法〜マイノリティのN=1から、誰も手をつけていない事業機会を見つける〜

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    みなさん、こんにちは。STYZ CDO、インクルーシブデザインスタジオCULUMU代表(インクルーシブデザイン事業責任者)の川合です。

    生成AIの普及によって、新規事業のアイデアも、それらしいペルソナも簡単に手に入るようになりました。例えば「40代共働き世帯に向けた新サービス案を10個」と頼めば、数十秒で返ってきます。最大公約数の答えを得ることは、もはや誰にとっても等しく手軽なものになりました。

    その手軽さと引き換えに起きているのが、凄まじい勢いでの同質化(コモディティ化)です。過去のデータの平均値を参照すれば、当然ながら競合他社も同じ平均値を見ています。市場に並ぶプロダクトも、各社が掲げる新規事業のテーマも、驚くほど似通ってきます。

    クライアント企業様とお話ししていても、「差別化のポイントが見つからない」というご相談は年々増えている実感があります。もっとも、この構造は生成AIが生み出したものではありません。数万人規模の定量調査から平均的なペルソナを描き、そのボリュームゾーンに向けて開発する——従来の商品・新規事業開発は、もともと同じ構造の中にありました。生成AIは、その回転速度を一気に上げただけだと私は見ています。

    加えて、産業そのものの成長率が高くない領域では、市場ニーズを起点にどれだけ精緻に開発しても、既存商品の細かな改良にとどまりやすいのが実情です。「良い答え」が安く速く手に入るようになったのに、その答えでは差がつきません。多くの企業がいま直面しているのは、この二重の行き詰まりだと思っています。

    「どう作るか」のコストがゼロに近づいていく時代に、企業の生死を分けるものは何か。それは、AIだけでは立てられない「そもそも何を作るべきか」という問いを、自ら創り出せるかどうかだと考えています。

    2025年1月にOpenAI CEOのサム・アルトマンがメディアで「何を問うべきかを見つけることが、答えを見つけることより重要になる」 と語っておりました。その当時私も実感を持てませんでしたが、クライアント企業様とお話する中で、日々その実感は強くなっています。

    「問い」はマクロデータの中にはない

    AIは、学習したデータをもとに答えを組み立てます。学習データの中心にあるのは、すでに世の中に書かれ、記録されてきた事柄です。もちろん、既存の要素を組み合わせて、人がすぐには思いつかない案を返してくることもあります。ただ、そこで組み合わされているのは、あくまで「すでにあるもの」です。まだ誰にも言語化されていない困りごとは、そもそも材料の中に入っていません。

    統計も同じです。数万人規模の調査には、二重の限界があります。第一に、設問の外側にあるものは、そもそもデータに入ってきません。第二に——こちらの方が見落とされがちですが——たとえデータの中に入っていても、平均を取った瞬間に、分布の裾にある2〜3%の特異な声は「ノイズ」として消えてしまいます。イノベーションの種は、この捨てられた“裾”の中にこそ眠っています。

    こう書くと市場調査を否定しているように読まれるかもしれませんが、そういう話ではありません。実は、デザインの世界に入る前から、精緻に調査を重ねたはずのプロジェクトが途中で行き先を見失う光景を、学生時代の研究や事業会社でのキャリアにおいて、何度も目にしてきました。開発がスタックしたときに「私たちは何のためにこれをやってたんだっけ?」とチームが迷子になるケースです。

    調査手法が間違っているわけではありません。ただ、調査で扱えるのは「すでに測れるもの」だけです。まだ数字になっていない課題は、そもそも検討の俎上に載りません。

    その問題意識を持ったまま、私はオーストラリアに本社を構えるデザイン会社の日本法人に加わりました。開発者が半分、デザイナーとリサーチャーがもう半分という構成の会社で、特に日本ではデザイナーがプロジェクトを推進します。クライアントと一緒にリサーチを行い、インサイトを積み上げながら前に進めていく仕事です。定量調査も市場分析も、当然その中に含まれていました。

    だからこそ私たちは、市場調査に着手する前に、その“裾”に置かれた一人——「N=1」のディープなペインに潜り込みます。調査票の選択肢にも、統計の代表値にも決して現れない、生活の中の「諦め」や「不条理」です。

    ただし、誤解されやすいので先に書いておくと、「N=1」はただ1人の意見を聞くことではありません。複数のN=1との対話から、社会に潜む「共通の構造的バリア」をあぶり出し、企業が挑むべき「強い問い」として焦点化していく。そのプロセスそのものを指しています。

     「強い問い」は、どうやって立てるのか

    この考え方の原体験も、その会社での経験にあります。プロジェクトの途中でN=1に出会った瞬間に、話が一気に展開する——という現象を、何度も見てきました。

    特に大企業に多い、部長から新人までを縦割りの組織から横串で集めるような横断プロジェクトは、最初はなかなか目標が揃いません。ところが、丁寧な定性調査を重ねてある1人に出会った瞬間に、資料の中のペルソナがリアルな人に置き換わり、チームの中でその人にニックネームがついたりします。誰のためにやっているのかという共通言語が、ものすごくリアルに立ち上がってくるんです。これを属人的な幸運ではなく、再現性のある手順に落とし込むこと。CULUMUの方法論は、その一点に集約されます。

    私たちの「N=1」は、文字通りの1人ではない
    前述したように、「N=1」と聞くと、「世界で1人しか抱えていないニッチな課題を見つけ、その人の要望をそのまま形にすること」と受け取られがちです。これを仮に「文字通りのN=1」と呼ぶなら、私たちが扱っているのは「概念的なN=1」です。

    不便、不快、孤立といった複数の軸で、分布の裾に置かれた人たちとの対話を重ねていくと、その交点に同じ構造が繰り返し立ち上がってきます。その構造こそが本体であり、1人の当事者は、そこへ最短距離で連れて行ってくれる「焦点」です。だからこそ、誰と会うのかを丁寧に設計します。

    「N=1」に潜る、3つのフェーズ

    ・フェーズ1:候補のピックアップ
    最もペインが深く、早い段階でその価値を強く欲している複数の「N=1候補」を立てます。1人に絞らないのは、構造は複数のN=1の重なりからしか見えてこないからです。

    ・フェーズ2:深層との対話
    行動観察とデプスインタビューを重ね、「使いにくい」といった表面的な要望ではなく、本人ですら言語化できていない「諦め」や「苦痛」の根を探ります。ここで出てくる言葉は、たいてい“要望の形”をしていません。

    ・フェーズ3:構造的バリアの特定
    個人の問題を、社会に共通する構造的な課題として捉え直します。「N1キャンバス」と呼ぶマップを用いて、1人の困りごとを起点に、行動・感情・環境から、制度や社会要因(PEST)までを一枚に構造化していきます。

    このマップの効用は、インサイトの整理そのものよりも、チーム全体の共通言語になることにあります。当事者視点から見える社会課題を構造化すると、企業のリソースや戦略との接点が見え始めます。事業として何に挑むのかという方向性は、だいたいこの段階で立ち上がってきます。

    「だれの包摂に繋がるのか」を問い続ける
    N=1から始めることに対して、「それは市場として小さすぎないか」というご指摘は、当然いただきます。私たちはここを、「SOM→SAM→TAM」の順で考えます。

    まず、顧客層の中でもペインが強く、早い段階で提供価値を欲する層。次に、他の要配慮者や類似のニーズを持つ隣接セグメント。そして、価値を受け入れる可能性のある多様な生活者全体。課題を構造的バリアとして定義できていれば、この拡張は論理的に説明できます。逆に言えば、拡張を説明できない問いは、まだ構造まで降りられていないということでもあります。

    マイノリティの声は、実は「マジョリティの小さな声」でもあります。1人から始めたものが、結果的に多様な人に受け入れられる事業になる。私たちがずっと大事にしている考え方です。

    なお、この探索は「都合よく当事者に出会えること」を前提にすると簡単に破綻します。CULUMUを「スタジオ」と名づけたのは、当事者がいて、ユーザーがいて、デザイナーがいて、クライアントがいる——その場そのものをつくるところから支援したいと考えたからでした。STYZは寄付プラットフォーム「Syncable」を通じて、発達障害・視覚障害・聴覚障害などの支援団体から、不妊治療と仕事の両立、性暴力被害者支援、出所者支援、貧困支援まで、幅広い領域の団体とつながってきました。「こんな人と話したかった」に手が届くこと。このつながりの広さが、N=1の探索を現実的なものにしています。

    前職とCULUMUの違いを挙げるなら、社会を起点にすべての物事を捉えようとしているかどうかだと思います。スコープをビジネスに置くと、どうしてもROIが先に立ちます。そこに社会という一段大きなスコープを重ねると、出会う「N=1」の幅そのものが大きくなり、まだ構造化されていない領域にも手を伸ばせるようになります。ペインの強さと、構造としての広がり。その両方を同時に取りにいけるところが、ビジネスのスコープだけで見るより強い理由だと考えています。

    前提を疑うことで生まれた「強い問い」
    抽象的な話が続いたので、実際のプロジェクトをご紹介します。市場の平均値から導かれる「既存仕様のマイナーチェンジ」と、N=1のペインから立ち上げた「前提を疑う問い」が、どれくらい違う場所に着地するのかという話です。

    事例1:ランドセルリュック「ぴったセル」(フットマーク)

    https://culumu.com/media/content/footmark

    〈一般的な開発視点〉
    いかに軽くするか、いかに軽く感じさせるか、どう収納を増やすか

    〈N=1のペイン〉
    既存製品の利用者アンケートに2〜3%だけ存在した、「ファスナーを開け閉めしづらい」「中身が一覧できず不便」という声

    〈生まれた強い問い〉
    握力が弱くても一瞬で開閉でき、中身が一目でわかる構造とは何か?

    CULUMUは、発達特性のあるお子さまがいる25家族を対象に、アンケート、家庭でのデプスインタビュー、日記調査、動画記録を組み合わせ、朝の支度から帰宅後の片付けまでの生活動線をたどりました。見えてきたのは、手指の動かし方、注意の切り替え、感覚的な好み、操作手順の理解、時間に追われる焦りといった複数の要因が、絡み合って「使いづらさ」をつくっているという構造です。理学療法士の資格を持つ保護者の視点や、朝の準備時間をストップウォッチで計測する家庭独自の工夫など、通常の製品調査では出てこない知見も得られました。

    これらをプロダクトデザインに使える形に構造化し、フットマーク様、GKダイナミックス様、CULUMUの3社で共創体制を組みました。一般的なカバン開発が1年程度のところ、約3年をかけて幾度もの試作を行い、2026年4月に「ぴったセル」として発売されています。特定のお子さまの使いづらさから出発し、結果として、特性の有無にかかわらず多くの子どもが直感的に扱える製品になりました。

    *取組みの詳細:https://culumu.com/media/content/footmark

    事例2:リノベーションマンション(コスモスイニシア)

    https://culumu.com/media/content/cigr

    〈一般的な開発視点〉
    一般的なファミリー層に向けて、どう家事動線を良くし、収納を増やすか

    〈N=1のペイン〉
    「外出前に予定や持ち物を整理できず混乱する」「光や音の刺激で落ち着かなくなる」「気持ちが高ぶったときに一人になれる場所がない」など、感覚特性を持つお子さまと家族の、日常の予測不可能に対する不安と、環境のミスマッチ

    〈生まれた強い問い〉
    これは「本人の苦手さ」ではなく、感覚や認知の特性と、間取り・照明・音環境・素材とのミスマッチではないか?

    CULUMUは、英国規格協会が発行するニューロダイバーシティのガイドラインなどの文献調査に加え、有識者へのヒアリングと当事者参加型ワークショップを実施しました。集まった声を生活場面・行動・感覚刺激・環境要因の観点から整理し、「お困りごとマップ」として可視化。これにより、「誰が困っているか」だけでなく「どのような環境条件が困りごとを生んでいるか」を、プロジェクト全体の共通認識にすることができました。

    その上で、「どうすれば困らなくなるか」だけでなく「どうすればもっと楽しく、心地よく過ごせるか」という視点からアイデアを検討しました。生まれたのが、予定や持ち物を視覚的に整理できる「お支度スペース」と、家族とのつながりを保ったまま一人になれる「落ち着く居場所」です。どちらも、忘れ物を減らしたい人、忙しい子育て世帯、高齢者、集中したい人にとっても価値のある仕組みでした。これらの知見はリノベーションマンション3室に実装され、2026年4月から5月にかけて竣工しています。

    *取組みの詳細:https://culumu.com/media/content/cigr

    どちらも、変えたのは出発点だけです。チームや予算、納期が同じでも、問いが変われば行き先は変わります。そしてどちらの問いも、平均値を眺めているだけでは絶対に出てこないものです。

    人間の「不条理」に耳を澄ますということ
    最後に少しだけ、個人的な話を書かせてください。私は愛知の出身で、同級生の多くが地元の自動車メーカーやその関連企業に進むような、ものづくりが象徴的な地域で育ちました。中学のときに、製図にとても厳しい技術科の先生がいて、「1ミリでも線がはみ出ていたら減点だ」と、三面図をきっちり書かされる授業を受けていました。

    頭の中で組み立てたものが、線を引くことで実際のかたちになっていく。その面白さを知ったのがこの頃で、本棚や照明器具を自分で設計したりもしていました。高校を出る手前で、漠然と「デザイナーになりたい」と思うようになり、新設されたばかりの芝浦工業大学デザイン工学部に2期生として進学。いまはその母校で、UXデザイン演習の非常勤講師も務めています。学生に伝えていることは、結局のところ現場でやっていることと同じ。「誰のためにこれを設計しているのか」を、具体的な1人まで深堀って考えられるかどうか、ということです。

    この10年あまり、課題解決に向けたさまざまな取り組み方を見てきました。決まった仕様をなぞるプロセスではない分、いつもモヤモヤと不安がつきまといます。それでも、N=1に出会った瞬間にチームが動き出す——あの感覚には、いまもものすごくやりがいを感じます。

    強い問いは、自社都合や顧客都合のデータを眺めているだけでは生まれません。生身の人間の痛みや、社会のバリア(不条理)に真摯に向き合い、感情を動かされた「ヒトの熱量(アスピレーション)」があってはじめて立ち上がるものだと思っています。

    CULUMUでは、このN=1の探索から企業のみなさまとご一緒しています。問いの立て方から見直したいという方は、ぜひお気軽にご相談ください。

    *お問い合わせはこちらまで!
    https://culumu.com/contact

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