「誰かのため」から広がるインクルーシブデザインの可能性。CULUMU川合が女子美術大学短期大学部で語ったこと
女子美術大学短期大学部
#レポート
2026年4月9日、女子美術大学短期大学部 造形学科デザインコースの進級特別講義にて、インクルーシブデザインスタジオCULUMUの事業責任者である川合が登壇しました。
「インクルーシブデザインとは何か?」「社会の中でどのように実装していくのか?」
本記事では、多様な人々と共創し、社会に新しい価値を生み出すCULUMUの取り組みや、その根底にあるデザインの考え方について語った当日の様子をレポートします。
「誰とデザインするか」が、ものづくりの入り口

私はCULUMUを立ち上げる前、個人のキャリアとして、子ども向けの教育ソフトウェアから、航空会社のアプリ、コンビニエンスストアの体験設計まで、多様な領域でUI/UXデザインに携わってきました。その中で一貫して大切にしてきたのが、「最初に『誰と作るか』を決める」ということです。
例えば、過去に担当した航空会社のアプリデザインでは、「修行僧」と呼ばれる、マイルを貯めることを目的に1日に何度も飛行機に乗る極端なユーザーの方々と一緒にアプリを考えるプロジェクトに携わりました。
デザインをする上で「誰のために作るのか」を定義することは非常に重要です。ここを置き去りにしてしまうと、良いデザインは生まれにくくなってしまいます。自分自身のため、家族のため、あるいは特定の誰かのため。その「本質的な一人の誰か」を意識したデザインを追求したいという想いから、インクルーシブデザインスタジオ「CULUMU」を立ち上げました。
インクルーシブデザイン:「マイノリティ」から「マジョリティ」へ

CULUMUという名前には、多様な人々を「包む」という意味が込められています。これは、「マイノリティ(少数派)に向けてデザインしたものが、結果的にマジョリティ(多数派)の喜びにつながっていく」という考えが、私たちの根底にあるためです。
先ほどの「修行僧」の方々のために、搭乗前・搭乗中・搭乗後で必要な情報を自動で切り替える機能を実装したところ、結果として一般の旅行者や出張者など、あらゆるユーザーから「使いやすい」と喜ばれるものになりました。
CULUMUでは、従来の平均的なユーザーだけではなく、高齢者、子ども、妊婦さん、Z世代、そして障害当事者の方など、多様な人々と開発の初期段階から共に考え、共に作るプロセスを「インクルーシブデザイン」と呼んでいます。
私たちのものづくりは、以下の3つのステップを重視しています。
① 多様な人々との「共創」
② 共創から「気づき」を得る
③ 気づきを「解決策・価値」に結びつける
平均的な視点からは見えてこない、極端な人だからこそ抱える「つらさ」や、彼らが日常で行っている「工夫」に寄り添う。そこから新しい価値を見出し、「一人の声から、みんなへ」と広げていく思想を実践しています。
世の中に広がる「当事者発想」の力とカーブカット効果

日本のものづくりは、「みんなのため」を意識しすぎるあまり、機能や情報が過多になる傾向があると感じています。しかし現代は、機能の多さよりも、自分の感性や環境に合う「体験」が求められる時代です。だからこそ、一人ひとりの感情や課題に深く寄り添うことが重要になります。
誰かのために作ったものが、結果的に多くの人の利便性につながる現象を「カーブカット効果」と呼びます。車椅子の方のために歩道の縁石を切り下げたことが、結果的にベビーカーを押す人や重い荷物を運ぶ配達員など、みんなの使いやすさにつながったことに由来します。
実は4月17日に発売された書籍『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか』(クロスメディア・パブリッシング)に私も共同著者として執筆したのですが、長く愛されているロングセラー商品のなかには、この「一人のためのデザイン」から生まれていると言われるものが多く存在します。
書籍の表紙にも描かれている「曲がるストロー」もその一つです。元々は、発明家のお子さんがアイスクリームパーラーで椅子に座った際、背が届かずグラスに口が合わなかったため、「この子のために」とストローの中にネジを入れて跡をつけ、曲がるように工夫したのが始まりと言われています。結果として、この発明はベッドで寝たきりの患者さんなど、医療・介護現場でも広く利用されるようになりました。
他にも、以下のような事例があります。
ホンダ「スーパーカブ」:お蕎麦屋さんの配達での使いやすさを中心に考えてデザインされた結果、仕事やプライベートを問わず世界中で愛用されるバイクになったと言われています。
NIKE「ゴー フライイーズ」:手を使って靴紐を結ぶことが難しい少年の手紙がきっかけとなり、手を使わずに着脱できるスニーカーとして開発されました。結果的に、子どもを抱えて手が塞がっている親御さんなど、多くの人から支持されるプロダクトになりました。
このように、「誰かの強烈な想いや課題」をデザインで解決することは、一般化し、社会に広く定着していく可能性を秘めているのです。
息子の存在と「課題は社会の側にある」という視点

私自身の「誰かのためのデザイン」の大きな原動力となっているのは、今年5歳になる息子です。彼には自閉スペクトラム症(ASD)があり、他者の視点に立つことの難しさや、例えば食事のメニューや決まった散歩ルートなどに対する強いこだわり、そして感覚過敏などの傾向があります。
父親になって気づいたのは、「課題は息子の中にあるのではなく、社会や環境の側にあるのではないか」ということでした。息子が生きやすい環境を作るにはどうすればいいか。この視点を持つことで、課題は「こうあってほしい」という『願い』に変換されます。
この『願い』を起点に、現在さまざまなプロジェクトが動いています。
■ 誰もが通いやすい「学校」のデザイン
これまでの学校建築は、管理する側の視点で作られがちでした。しかし、発達障害や感覚過敏の子どもたちの声を聴くと、新しい課題が見えてきます。「日差しが入りすぎて眩しい」「給食室からの匂いがずっと漂うのがつらい」「パニックになった時、一人になれる静かな空間がほしい」。こうした「当たり前とされている環境から排除されてしまう声」を取り入れることで、結果的にすべての子どもにとって快適に過ごせる学校空間のアイデアが生まれてきます。
■ インクルーシブな「布製ランドセル」の開発
発達に遅れがある子どもの中には体幹が弱いケースもあり、重い革のランドセルを背負うのが困難な場合があります。また、革の匂いが苦手な子もいます。CULUMUでは、こうした身体的な困難さを抱える子どもたちやご家族の自宅を訪問し、日々の工夫をヒアリングしながら「布製ランドセル」の開発をサポートしています。このランドセルは、困りごとを抱える一人ひとりの声を起点にしつつも、結果的にどんな子どもにとっても軽くて背負いやすい、インクルーシブなプロダクトとしてデザインされています。
AI時代に求められる「寄り添う」デザイン

現在CULUMUでは、ものづくりだけでなく、多様な人々の困りごとを疑似体験できる「インクルーシブペルソナカード」を用いた企業向けワークショップなども行っています。
これからの時代、平均的な模範解答はAIがすぐに提示してくれるようになります。だからこそ、特定の誰かの痛みに「寄り添う」こと、そして「誰とデザインするか」を考えることが、デザイナーにとってより重要な価値になっていくと考えています。
特別な誰かを探す必要はありません。家族でも、友人でも、自分自身でもいいのです。身近な「誰か」の課題を深掘りし、その人のために本気で良いものを作る。その活動が、結果的に「みんなのため」につながっていく。皆さんがこれからデザインを学んでいく上で、この考え方が少しでも日々のヒントになれば嬉しいです。
編集後記
■ 書籍『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか』発売中

記事内でもご紹介した、川合が共同著者として執筆に参加した書籍『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか』(クロスメディア・パブリッシング)が4月17日に発売されました。「誰かのため」を起点とするデザインがいかにして社会に広がり、長く愛されるロングセラーになるのか。多様な事例とともに詳しく解説していますので、ご興味のある方はぜひお手に取ってご覧ください。
Amazonで詳細を見る:https://amzn.asia/d/0brCnaWJ
■ 女子美術大学短期大学部デザインコースへ「インクルーシブペルソナカード」を進呈

特別講義の最後には、女子美術大学短期大学部デザインコースの皆さんが学内でインクルーシブデザインのワークショップを今後実践できるよう、CULUMU独自の「インクルーシブペルソナカード」を進呈いたしました。多様な人々の困りごとやストーリーが描かれたこのカードが、学生の皆さんが「誰とデザインするか」を考えるきっかけとなり、これからの豊かなものづくりに活かされることを願っています。
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