心の距離を縮めるオフィス家具とは?コクヨ『hangout』に学ぶインクルーシブデザインの本質

コクヨ株式会社

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2025年11月、コクヨ株式会社から発表されたオフィス家具『hangout(ハングアウト)』。公園の遊具を思わせるシンプルなフレーム形状のこの製品は、オフィスに「偶発的なコミュニケーション」を生み出すための仕掛けです。 この開発の裏には、従来のユニバーサルデザインの枠組みを超えた、ある一人のリードユーザーとの対話がありました。

「安全のために固定する」という、メーカーとしての良かれと思った配慮が、実はユーザーの自由を遠ざけてしまっていたという気づき。 ユニバーサルデザインの普及・定着にいち早く取り組んできたコクヨが、未来シナリオ『自律協働社会』の実現に向けて推進するインクルーシブデザイン。その実践の現場で、N=1の切実な声は、どのようにして「誰もが心地よい空間」へと昇華されたのか。2年半に及ぶ共創のプロセスを追います。


お話を伺った担当者

インタビューに応じるコクヨの林友彦氏

林 友彦 (はやし ともひこ)
グローバルワークプレイス事業本部 ものづくり開発本部 インテリア開発部 部長
日本人間工学会認定人間工学準専門家
2004年に千葉大学大学院自然科学研究科デザイン専攻修了後、コクヨ株式会社に入社。オフィス家具開発部門に配属後、商品開発部、デザイン室、シーティング開発部等を経て2025年より現職。一貫してオフィス家具の商品開発、デザインに携わる。


インクルーシブデザインへの取り組みを語る林氏

コクヨのインクルーシブデザイン『HOWS DESIGN』

ユニバーサルデザインからインクルーシブデザインへ。ビジョン実現への道程

長年、日本の文具・家具業界でユニバーサルデザインの視点を大切にしてきたコクヨ。同社は今、その取り組みをさらに発展させる形でインクルーシブデザインを推進しています。その背景にあるのは、2022年に策定された未来シナリオ『自律協働社会』です。

林さん「『自律協働社会』とは、一人ひとりが自律して自分らしく生き生きとしながら、バラバラではなく互いに協働し高め合っていく状態のこと。このビジョンを実現するための重要課題(マテリアリティ)として『社内外のウェルビーイングの向上』を掲げたとき、私たちにとってインクルーシブデザインに取り組むことは、経営戦略として自然な流れでした」

インテリア開発部を率いる林さんは、その経緯をそう語ります。

ユニバーサルデザインの蓄積があったからこその移行

1998年から続くユニバーサルデザインの知見と、2010年頃から金沢美術工芸大学の荒井利春先生(名誉教授)と共に培ってきた土壌があったからこそ、組織はスムーズにその考え方を受け入れることができました。

コクヨはこの新しい挑戦において、独自のメソッド『HOWS DESIGN(ハウズデザイン)』を確立します。

林さん「独りよがりのものづくりではなく、ユーザーと『共感共創』し、実験しながらデザインしていく。コクヨらしい『HOW(どのように?)』を問い続ける姿勢が、そこには込められています」

「見た目」と「本音」のギャップ。求められていたのは機能よりも“心地よさ”

『hangout(ハングアウト)』の開発は、たった一人のユーザーとの対話から始まった

ユーザーとの対話から生まれたオフィス家具『hangout』

その『HOWS DESIGN』のプロセスを経て生まれたのが、2025年11月に発売された『hangout』です。開発は、高次脳機能障害があり、電動車椅子と杖を併用する一人のリードユーザーとの濃密な対話から始まりました。

当初、開発チームはコミュニケーション用の既存家具をその方に試用してもらい、観察を行いました。そこで浮き彫りになったのは、開発者とユーザーの間にある認識のズレでした。 

林さん「一番の気づきは、オフィスチェアの『可動性』に対する感覚の違いでした。一般的にオフィスチェアは、キャスターが付いていて動きやすいことが利点とされます。しかし、その方にとっては、少し触れただけで動いてしまう椅子は、安心して身体を預けられないものだったのです」

「安全」よりも求められていた“心理的な心地よさ”

さらに、チームはその方の身体の動かしづらそうな様子を見て、「足が引っかからないように」「転ばないように」と、とにかく安全で固定されたもの、動かなくて済むものを作ろうと考えました。しかし、リードユーザーから返ってきたのは、予想外の言葉でした。

“リハビリにもなるから、むしろ身体は動かしたいんです”

林さんは当時を振り返ります。 

林さん「その方は、私たちが懸念していたような『足元の安全性』や『動かなくて済む利便性』よりも、もっとフランクに、自然に周囲とコミュニケーションが取れる場所を求めていたのです。 私たちは『椅子にタイヤがついているか否か』といった機能の細部ばかりに気を取られていましたが、本当に求められていたのは、気兼ねなく会話に参加できる“心理的な心地よさ”だったのだと気づかされました」

「公園のブランコの枠」のような拠り所をつくる

車椅子のユーザーを交え施策の『hangout』を囲んで談笑する様子

オフィスにおけるコミュニケーション×家具としての新しい発想

「安全=ガチガチに固定すること」ではない。身体を動かしたいという意欲を尊重しながら、ふとした時に身体を預けられる“支え”があればいい。この発想の転換から生まれたのが、手すりのような形状でした。イメージしたのは、ベンチではなく、公園のブランコの周りにある枠(フレーム)です。

林さん「ベンチは『座る』という行為や姿勢を決めますが、ブランコの枠は違います。座るためのものではないのに、人は自然とそこに集まり、寄りかかったり、自由な体勢で会話を楽しんでいますよね。一般的な椅子は相手との距離感も固定してしまいますが、フレーム状の『hangout』であれば、自分の身体に合わせて距離感や姿勢を自由にコントロールできます」

リードユーザーの想いと、企業の経営課題である「オフィスでのコミュニケーション不足」の重なるところ

この「ブランコの枠」というイメージは、リードユーザーの「身体を動かしたい」という想いと、多くの企業が抱える「オフィスでのコミュニケーション不足」という課題を見事に結びつけました。 意図的に作ったコミュニケーションスペースには人が集まりにくいものですが、公園の遊具周りのように、自然と人が集まりたくなる“余白”のある場所を目指したのです。

社会実装における「安全性」と「導入しやすさ」をどう両立したか?

完成したプロトタイプの『hangout』に寄りかかりながら意見を交わす様子

プロトタイプ検証に2年半をかけた理由

コンセプトは固まりましたが、製品化への道のりは平坦ではありませんでした。通常、家具の開発期間は1年から1年半程度ですが、『hangout』はその倍近い、2年半もの歳月を費やしています。 時間がかかった理由は、これまでにない新しい家具であることに加え、リードユーザーと徹底的に検証を重ねたことにあります。

林さん「リードユーザーの方には週次の開発定例会議にも出席していただき、『これができるなら、もっとこうしたい』と密に意見を交わしました。リアルなプロトタイプを作り、試してもらう。その繰り返しがあったからこそ、妥協のない完成度を目指すことができました」

工事不要で安全性を担保するという、抜本的なデザイン設計

一方で、社会実装(製品の普及)に向けた課題もありました。手すりのような形状に人が寄りかかれば、転倒のリスクがあります。 

林さん「最も安全なのは、床ごと施工して固定してしまうことです。しかし、それでは建築工事が必要になり、導入コストも高くなってしまいます。それでは一部の限られた場所にしか届かず、社会全体への普及にはつながりません」

開発チームは導入のしやすさと安全性の両立を模索し続けました。最終的にたどり着いたのは、家具の脚部に15kgのおもりを内蔵するという解。これにより、家具工事のみで設置でき、大人が体重を預けても転倒しない安定性を実現しました。

インクルーシブデザインは「一挙三徳」の取り組み

コクヨ大阪本社1階「HOWS PARK(ハウズ パーク)」デビインタビューの様子

オフィスでの「コミュニケーションを活性化する家具」としての『hangout』

完成した『hangout』は、あえて「障害のある方のための家具」とは謳わず、「コミュニケーションを活性化する家具」として世に送り出されています。

林さん「自然と人がたむろできる拠り所があれば、会話は生まれます。N=1の視点から生まれたこの形状は、結果として、障害の有無に関わらず誰もが使いやすい、新しいコミュニケーションの場になりました。 インクルーシブデザインはボランティアではなく、経済活動としても非常に意義があると考えています。N=1の熱量の高いインサイトは、新しいプロダクトの種になり、それが売れることで経済価値を生み、結果として社会課題の解決にもつながる。『一挙三徳』くらいの価値がある取り組みだと思っています」

コクヨの『自律協働社会』が叶える未来

そして最後に、林さんはコクヨが目指す未来についてこう締めくくりました。

林さん「私たちが目指す『自律協働社会』には、日本人が大切にしてきた『共に働く喜び』という価値観が含まれていると思っています。インクルーシブデザインを通じて生まれた製品や考え方が、この価値観と共にグローバルに広がっていく。そんな未来を私たちは描いています」

一人のユーザーとの対話から始まった『hangout』。その開発プロセスには、誰かの困りごとを解決するだけでなく、社会全体のつながりを豊かにするヒントが詰まっていました。

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