「充電切れは、世界との切断」エレコム初のインクルーシブデザインを視覚障害者と共に――N=1の"切実"が"共感"に変わるまで
エレコム株式会社
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PC周辺機器メーカーとして知られるエレコム株式会社が、2025年秋、ある画期的な製品を世に送り出しました。『触覚フィードバック搭載モバイルバッテリー』。ボタンを押すと振動のパターンで電池残量を伝えるこの製品は、同社初となるインクルーシブデザインの手法を用いて開発されました。
プロジェクトの起点は、たった一人の視覚障害者との対話。エレコムグループのパーパスである〝Better being(より良き社会・未来への貢献)〟を体現すべく、「福祉機器を作るつもりはない」と語る開発チームが、N=1の切実な声に向き合いました。その中で直面した自分たちのバイアスと、新たな気づき。「見えない人」と「見える人」、双方にとっての心地よい未来を模索した、試行錯誤のプロセスを追います。
お話を伺った担当者

佐伯 綾子(さえき りょうこ)
エレコム株式会社 商品開発部 デザイン課所属。エレコムに1997年入社し、主にパソコン周辺機器やアクセサリー、オーディオ製品の企画・デザインを担当。その後、新規事業である白物家電プロジェクトを担当。「ありそうでなかった」新しいものを目指し、日々製品企画・デザインに取り組む。現在はインクルーシブデザインを取り入れた製品開発も牽引する。

古谷 昇大(ふるや しょうだい)
エレコム株式会社 商品開発部 コンダクションデバイス課 パワーサプライデバイスチーム所属。エレコムに2022年入社し、主に充電器やモバイルバッテリー、電源タップなどのデザイン・開発を担当。現在企画も勉強中。
「誰かのため」だけではなく「誰もが心地よい」を目指して

佐伯さん「正直なところ、以前はユニバーサルデザインという言葉に対してあまりピンと来ておらず、言葉にできない違和感と心理的な距離を感じていました」
プロジェクトリーダーの佐伯さんは、開発前の心境をそう振り返ります。今回のプロジェクトは、エレコム初となるインクルーシブデザインへの本格的な挑戦でした。
そのきっかけは、デザイン課の責任者が視察したCES(世界最大級のテクノロジー見本市)での出来事でした。海外の特定の企業がインクルーシブデザインを取り入れた製品展示を行っているのを目の当たりにし、その先進性に触発されたのです。「エレコムでもこういった動きができるのではないか」。グループのパーパスとも合致することから、プロジェクトは動き出しました。

しかし、当初は手探りの状態。佐伯さんはまず関連団体のワークショップへ参加し、リードユーザー(※障害当事者など、既存のマス市場にいる典型的・平均的なユーザーではない、従来のデザインプロセスから除外されてきたユーザー)と直接対話する機会を得ました。その過程で、自身の抱いていた違和感の正体に気づき、考え方が変わっていったと言います。
佐伯さん「もともとプロダクトデザインを学んでいたので、ユニバーサルデザインの知識はありました。ただ、ワークショップで学びを深めるうちに、インクルーシブデザインは『障害者を特別扱いする』ものではないと腹落ちしたんです。 その特性を持つ人へのアプローチが、結果として他の多くの人の便益にも波及する。特定の障害当事者のためだけの福祉機器を作りたいわけではなく、私たちはより多くの方に満足いただける製品を作りたいと考えています。潜在的な困りごとを解決するきっかけを、当事者の方と共に探るこの手法は、私たちの目指す方向性に非常にフィットしました」
N=1の死活問題から見えた潜在的なイシューをラピッドプロトタイピングで仮説検証していく
開発ターゲットとして定めたのは、多くの人が日常的に使用するモバイルバッテリー。佐伯さんは、ある一人のリードユーザー(30代女性・先天性全盲)の方と向き合い、徹底的なヒアリングを行いました。そこで浮き彫りになったのは、健常者が感じる不便とは質の異なる、切実なイシューでした。

佐伯さん「彼女にとってスマートフォンは、情報を得るための視覚補助であり、まさに『目』そのものです。つまり、スマホの充電が切れるということは、世界の情報が遮断される死活問題なんです。それなのに、従来のモバイルバッテリーは電池残量をLEDの光でしか確認できず、彼女は常にフル充電にしておくしかありませんでした。
さらにヒアリングを進めると、「落とすこと」への強い懸念も見えてきました。目が見えない状態で物を落とすと、どこに行ったか分からなくなってしまうため、「絶対に落としたくない」というのです。この課題は、単なる「持ちやすさ」の改善を超え、製品の形状そのものを決定づける重要な要素となりました。
デザイナーの古谷とも検討を重ね、手触りだけでスイッチの位置が分かるようにしたり、一度持ったら向きが分かり持ち替えなくても良い形状を目指しました。『落としたくない』という彼女の切実な声が、誰もが使いやすい形状デザインのヒントになったのです」

電池残量の課題に対しては、「見えないなら、振動か音声で伝えればいい」と方向性を定めました。社内のエンジニアが「技術的には難しくない」と即答し、はんだごてと3Dプリンターを駆使してわずか2週間で試作機を作成。リードユーザーに見せてフィードバックをもらい、また改良する。まさにデザイン思考的な仮説検証プロセスが高速で回り始めました。
視覚情報の先にある「情緒的価値」との接続

対話を重ねる中で、機能面以外の大きな「気づき」もありました。それはリードユーザーが何気なく発した「ピンクが好き」という言葉です。
佐伯さん「正直、驚きました。見えないのに色を気にするのか、と。でも話を聞くと、彼女は『ピンク=可愛い』という情報や感性を持っていて、ポーチや服もピンクを選んでいたんです。私たちは無意識に『見えない人に色は関係ない』というバイアスを持っていたことに気づかされました」
このアンコンシャスバイアスを超えた気づきは、製品の仕様決定において重要な議論を呼びました。今回の製品カラーは白と黒の2色。白いモデルには、エレコムの隠れ人気キャラクター『しろちゃん』の顔が描かれています。「見えないユーザーに、イラストは必要なのか?」という問いに対し、佐伯さんと古谷さんはYesと答えました。
佐伯さん「彼女は『可愛いものが好き』と仰っていましたし、『しろちゃん』が付いていることで、それが目の見える方とのコミュニケーションのきっかけにもなります。実際、完成品をお渡しした際、彼女が周りの方と『しろちゃん』の話をして喜んでいる姿を見て、間違っていなかったと確信しました」
製品の外側に潜むバリア――開封体験の再設計

課題は製品本体だけにとどまりませんでした。製品を手にするまでのプロセス、すなわちパッケージにも見過ごされていたバリアがあったのです。
佐伯さん「リードユーザーの方から、今のパッケージはテープの位置や開口部が分からず、非常に開けにくいという声をいただきました。 だからと言って、単に開けやすくすれば良いわけではありません。メーカーとしては輸送時の落下で開かない強度や、店頭での万引き防止という防犯面も考慮しなければならないのです」
開けやすくすれば、セキュリティや強度が下がる。セキュリティを上げれば、当事者には開けにくくなる。この相反する要件に対し、デザイナーの古谷さんは細かな調整を繰り返しました。ミシン目の入れ方、開口部の位置。落下試験をクリアしつつ、誰もが直感的に開けられるポイントを探り続けました。
佐伯さん「このパッケージの工夫は、もし市場で問題が起きなければ、他の製品にも横展開していきたいと考えています。それくらい、自信を持ってインクルーシブだと言えるものになりました」
「売れなければ、その人の生活を守れない」という命題
開発プロセス全体を通して、佐伯さんがリードユーザーから受け取った言葉の中で、最も重く受け止めているものがあります。それは、ビジネスとしての継続性とユーザーの利益が密接に関わっているという事実でした。
佐伯さん「リードユーザーさんがヒアリングの中でよく仰っていたことがあります。それは、『障害者向けの便利な製品が出ても、売れないとすぐに廃盤になってしまう』ということです。 皆様、口を揃えて『できる限り売り続けてほしい』と仰います。そのためには、やはり製品としての売上も大切になってきます。これは私たちが持ち続けなければならない一つの命題です」
福祉としてではなく、ビジネスとして成立させ、多くの人に手に取ってもらう。それが結果として製品を持続させ、彼らの「便利な生活」を守ることにつながるのです。
佐伯さん「社内でも『もっと点字を入れるべきでは』という意見もありました。しかし、点字を読める視覚障害者はそれほど多くはないと言われています。特定の層に向けた専用品にするのではなく、誰もが使いたいと思えるものを作り、広く流通させることこそが、本当の意味でのインクルーシブなのだと再確認しました」
「気づき」が、開発者の技術と視座を引き上げる

2025年11月、ついに製品は発売されました。「触覚で電池残量がわかる」という機能は、視覚障害者だけでなく、カバンの中で手探りで電池残量を確認する時など、目視せずに電池残量を知りたいシーンでも便利な機能となり、まさにカーブカット効果(特定の人のための工夫が、結果的に全ての人に便益をもたらすこと)を体現しています。
最後に、今回のプロジェクトを経て得られた手応えについて伺いました。
古谷さん「実際にやってみて痛感したのは、インクルーシブデザインの奥深さと難しさです。自分の無意識のバイアスと常に向き合い、視覚障害という属性を理解し、それを一般の製品として昇華させる。その過程で、技術的な引き出しも、デザイナーとしての視座も大きく広がったと感じています。だからこそ、多くの企業や開発者の方にぜひ一度インクルーシブデザインに取り組んでみてほしいです。社内の技術やデザイン力を飛躍的に高める、素晴らしい機会になるはずですから」
佐伯さん「私たちはまだ入り口に立ったばかりです。でも、N=1の困りごとは、決して特殊なものではなく、人間が抱える本質的な課題につながっていると実感しました。奇をてらった新しさではなく、人が抱える本質的な『困りごと』に紐づいた発見をする。商品やサービスを考える起点として、これほど確かなものはないと思います」
一人のユーザーとの対話から始まったプロジェクトは、エレコムのものづくりに新たな視点をもたらし、次なる製品開発へと波及しようとしています。
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