姿勢改善のための可視化がもたらす行動変容――N=1の熱狂から市場を拓く、スマートインソールardi(アルディ)の開発思想

株式会社フリックフィット

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コロナ禍を経て、私たちの生活様式は大きく変化しました。リモートワークの普及による運動不足、それに伴う身体の不調――多くの人が「なんとなく姿勢が悪い」と感じていても、その実態は自分ではなかなか見えません。

今回は、足元から身体データを可視化するスマートインソールardi(アルディ)を開発する株式会社フリックフィットの山本健夫氏にインタビュー。テクノロジーによる課題解決だけでなく、AIによる情緒的なアプローチ、そして開発の根底にあるN=1(たった一人のユーザー)への徹底した向き合い方について、インクルーシブデザインスタジオCULUMUの佐藤がお話を伺いました。


ウェアラブルデバイスが拓くテクノロジーとマーケットの交差点で可視化される〝見えない不調〟

――山本さんは現在、PdM(プロダクトマネージャー)としてご活躍されています。まずは山本さんの役割と、開発されたardiが目指すものについて教えてください。

インタビューに応じるフリックフィットの山本健夫氏

山本さん「私の役割は大きく二つあります。一つはプロダクトの方向性を定めること、もう一つはそれをどう市場にフィットさせるかという戦略の策定です。自分たちが持つテクノロジーが活きる場所はどこかというプロダクトアウトの視点と、世の中のニーズやタイミングを見極めるマーケットインの視点、この両方を意識しながら各ステークホルダーと連携しています。

私たちが着目したのは、コロナ禍以降に急増した「動かないことによる身体の不調」です。姿勢や歩き方の問題は、本人が自覚していても客観的にどうなっているかが非常に分かりづらいものです。「改善したいけれど、自分の状態も変化も分からない」という課題に対し、私たちは姿勢の見える化・可視化にこそニーズがあると仮説を立て、プロダクト開発を進めてきました。」

行動変容と姿勢改善を実現する「継続」のデザイン──データとAIがつくる新しい伴走体験

――健康のためのプロダクトにおいて、最も難しいのが「継続」だと思います。行動変容を促し、モチベーションを維持するために、どのような工夫をされているのでしょうか。

山本氏にインタビューを行うCULUMUの佐藤

山本さん「おっしゃる通り、継続こそが最大のハードルであり、現在も試行錯誤している点です。工夫しているポイントは大きく3つあります。

まず1つ目は、ターゲットの絞り込みです。全く運動に関心がない層ではなく、すでに何かしらの習慣を持っているが変化を感じられていない層を優先しています。新たな習慣を1から作るのではなく、既存の習慣に”気づき”を与えるアプローチです。

2つ目は、小さな成功体験の可視化です。姿勢の改善は見た目にはすぐ現れません。そのため、見た目は変わっていなくても「データ上の数値は良くなっている」ことを提示し、モチベーションに繋げています。ビジネスで言えば、KGI(最終目標)は未達でも、KPI(中間指標)は達成していることを示してあげるような感覚ですね。

そして3つ目が、AIコーチによる伴走です。単に客観的な冷たいデータを突きつけるのではなく、AIがデータを分かりやすく噛み砕き、時には励ましてくれる。この情緒的な価値が継続には不可欠だと考えています。」

―― AIのアルゴリズムに「寄り添い」や「手触り感」を持たせているのですね。語学学習アプリの『Duolingo』のように、ユーザーとの距離感がうまく設計されている印象を受けます。

山本さん「まさに参考にしています。ゲーミフィケーションの要素や、ユーザーを放置しない問いかけの設計などは、冷たいデータ解析だけで終わらせないために非常に重要視しています。」

歩行データ計測で分かる歩行バランスから浮かび上がる、N=1が示すリテラシーと理解のギャップ

ardiのアプリ画面を見せながら対話する様子

――インクルーシブデザインスタジオCULUMUでも、たった一人の深いインサイト(N=1)を起点としたデザインを大切にしています。足や歩行データは非常にパーソナルなものですが、山本さんがN=1のインタビューを通して得られた最大の気づきは何でしたか?

山本さん「私たちのようにまだ市場が確立されていない領域では、最初から大きな市場を狙うのではなく、小さくても〝熱狂的な市場〟を作れるかどうかが重要です。その見極めのためにN=1インタビューは欠かせません。

特に印象的だったのは、「姿勢に対するリテラシー(知識)は上がっているが、自分自身への理解は進んでいない」というギャップです。 ピラティスや整体の普及により、「姿勢が悪いと不調になる」という知識を持つ人は増えました。しかし、「自分がなぜその姿勢なのか?」「具体的にどう歩いているのか?」を理解している人はほとんどいません。

リテラシー(知識)や興味関心は高いのに、自分のことは分からない。日常のふとした瞬間の状態を知りたい。N=1への対話を通じて、この「分かりたい」という欲求の深さに気づけたことが、開発の大きな指針になりました。」

――知識が増えたからこそ、さらに自分のデータを知りたくなるというポジティブなサイクルが生まれているのですね。今回のクラウドファンディング*の支援者の方々にも、そうした傾向は見られましたか?

*姿勢が見える、だから変わる。足元からあなたを支える次世代スマートソール ardi

山本さん「はい。特に30代後半から50代の、身体の不調が顕在化し始めた層の反応が顕著でした。単なるガジェット好きというよりは、すでに整体やジムに通い、試行錯誤している方々です。「自分の身体を知ることが面白い」と感じ、これまでとは異なるアプローチとしてardiを選んでくださっている。ここに熱狂の種があると感じています。」

“インソールではなく専属トレーナー”というスマートインソールの競合軸

スマートフォンに表示された歩行データの計測結果画面

――お話を伺っていると、単なるウェアラブルデバイスやインソールという「モノ」ではなく、体験(「コト」)を提供するサービスとしての側面が強いと感じます。競合や市場の捉え方も、従来とは異なるのではないでしょうか。

山本さん「その通りです。「履くだけで姿勢が良くなるインソール」と比較されると、私たちの価値は伝わりにくいかもしれません。しかし、「24時間寄り添ってくれる専属トレーナー」と比較すれば、圧倒的なコストメリットと価値を感じていただけます。

そのためには、オンラインの説明だけでは限界があります。私たちは『足ドック』というリアルの計測イベントも実施しているのですが、やはり対面でご自身の状態を言語化し、使い方を説明するプロセスを経た方が、製品への理解度も継続率も高まります。」

――競合を「インソール」から「専属トレーナー」へとピボット(方向転換)させ、オフラインでのナラティブな体験を通じて価値を伝える。これは非常に示唆に富んだ戦略ですね。マスに向けた市場規模やボリュームを真っ先に追うのではなく、熱狂するN=1を特定しに行く姿勢が、結果として強いブランドを作っていくのだと感じました。

ardiの展示スペースの前に立つ山本氏と佐藤

編集後記:N=1の洞察(インサイト)なしに、プロダクトは生まれない

インタビューの最後に、山本氏はこう語りました。

山本さん「N=1なしにプロダクトを作るイメージが湧きません。属性データだけでなく、その人の抱える深いインサイトやハードルまでを掴み、チームで共有できて初めて、本当に必要とされるものが作れるのだと思います」

ビッグデータや生成AIが一般化する現代において、あえてたった一人のN=1の声に耳を傾けること。そこには、数値化できない人間の機微や、まだ言葉になっていない未設計の課題が隠されています。 N=1の探索型リサーチでは、観察や対話を通じてユーザー自身も気づいていない潜在的な欲求や、日常の文脈に深く根ざした価値観、さらには意思決定の背景にある心理構造までを明らかにすることができるのだと思います。

山本様に今回伺ったardiの事例は、テクノロジーとN=1のインサイトが掛け合わさることで、ヘルスケアという領域に新たな〝熱狂的な市場〟を生み出せることを教えてくれました。

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