行動経済学は「合意形成」の共通言語になるか?──人の非合理性を前提とした仕組みのデザイン

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    複雑化する社会課題に対し、企業・行政・市民・NPOといった異なる背景を持つステークホルダーが共に挑む「共創」。しかし、立場が異なれば合理性の定義も異なります。ある人にとっての正解が、別の人にとっては納得できないものである。そんな壁に直面したとき、デザインは何ができるのでしょうか。

    今回は、CULUMUが主催するナレッジイベント「くるむとまなぶ」より、UXデザイナー・中島 亮太郎 氏(talodesign代表)を迎えたセッションの内容を再構成。「行動経済学」を共創の合意形成や社会実装のための〝補助線〟としてどう活かすか、そのヒントを探ります。

    共創における正しさと、人の心の動きのズレ

    共創の現場では、しばしば論理的に正しい解決策が、なぜか受け入れられない、あるいは行動変容につながらないという事態が起こります。

    中島氏の講義で示唆されたのは、「人は必ずしも合理的な判断をするわけではない」という行動経済学の基本前提でした。

    社会課題解決において、私たちはつい「正しい情報を伝えれば、人は正しい行動をとるはずだ」と考えがちです。しかし、実際の人間は、情報の提示のされ方(フレーミング)や、周囲の環境、その時の感情によって選択が変わります。

    異なるステークホルダー間で合意形成を行う際、単に正論をぶつけ合うだけでは対立が深まるばかりです。ここで行動経済学の視点を持つことは、相手の非合理性を許容し、なぜそのような判断に至るのかという人間理解の解像度を上げることに他なりません。

    ナッジは操作か支援か? ──ファシリテーターとしての倫理観

    勉強会の中でCULUMUメンバーの間で特に議論となったのが、「倫理観」の問題です。

    行動経済学には「ナッジ(nudge:肘で軽く突く)」という強制することなく、人々を望ましい行動へ誘導する手法があります。これは、社会課題解決(例:健康増進、環境保護行動など)において強力なツールになりますが、一歩間違えば「ダークパターン(ユーザーを欺くデザイン)」になりかねません。

    共創の現場においても、ファシリテーターやデザイナーが特定の結論へ誘導するためにこの力を使うのか、参加者がより良い選択をするための手助けとして使うのかで、その意味合いは大きく変わります。

    メンバーの考察:マジョリティの暴走を食い止めるために

    参加したUXデザイナーからの以下の考察は、共創における合意形成の本質を突いています。

    CULUMUデザイナーの視点:

    「『自然である』ということは、共有できている常識が時代に合っているかどうかだと言い換えられますが、これはマジョリティの正当化にも繋がる思想でもあります。多種多少な立場のステークホルダーとの対話を深めることにより、マジョリティの暴走を食い止め、未来志向のデザイン、行動経済学の実践があるのではないでしょうか」

    「みんながそうしているから」という心理は強力ですが、それがマイノリティの排除につながることもあります。インクルーシブデザインを掲げるCULUMUにとって、行動経済学は「無意識の排除」がなぜ起こるのかを分析し、マジョリティ中心ではない新たな合意を形成するためのツールとして再定義できる可能性があります。

    ビジネスとソーシャルグッドの葛藤をどう乗り越えるか

    合意形成として、避けて通れないのがビジネス(収益性)とソーシャルグッド(倫理)の対立です。

    中島氏の講義を受け、現場のデザイナーからは切実な葛藤の声が上がりました。

    CULUMUデザイナーの視点:

    「クライアントワークの中で『倫理的に良くないのでこっちのデザインでいきましょう』と提案するのは難しいと感じることもあります。非倫理的な表現は長期的にはダメージですが、短期的な売上もビジネスには必要。クライアントがNOなら押し通すことはできない」

    「デザインも行動経済学もテクノロジーも、使う人によってポジティブにもネガティブにもなる。デザイナーにも道徳観が求められてくるなかで、どのような振る舞いをしていくか考えさせられた」

    この葛藤こそが、共創現場のリアルな声です。しかし、ここで重要なのは「デザイナーは企業の中にいながら、ユーザー(生活者)の代弁者になれる数少ない存在である」という中島氏の言葉です。

    企業と生活者、行政と市民。利害が対立しがちな両者の間に立ち、行動経済学というロジックを用いて「ダークパターンなどによる短期的な利益追求が、長期的には信頼喪失というコストになる」ことを翻訳し、伝えること。それが、共創の現場におけるデザイナーの役割と言えるでしょう。

    共創の共通言語としての行動経済学

    今回の「くるむとまなぶ」を通じて見えてきたのは、行動経済学を単なる「マーケティングのテクニック」としてではなく、「人間中心の社会システムを作るための共通言語」として捉え直す視点でした。

    • 人の弱さや非合理を前提としたシステムを設計する

    • 無意識に働きかける力の強さを自覚し、高い倫理観を持つ

    • 正しさの押し付けではなく、自然と選びたくなる選択肢を提示する

    これらは、多様な人々が共に生きるインクルーシブな社会を実装していく上で、不可欠な方法です。N=1の声を社会の仕組みに接続する際、その仕組みが「誰かにとっての優しさ」であり続けるために。私たちは行動経済学の知見を、対話と合意形成の技術として磨いていく必要があります。


    Guest Profile:中島 亮太郎(UXデザイナー / talodesign代表) 

    工業製品のデザインと人間工学やユーザビリティのリサーチを経て、ハード・ソフトを問わずユーザーとビジネスをつなげるプロダクトの事業戦略や体験設計を専門に活動。
    2021年9月に『ビジネスデザインのための行動経済学ノート』(翔泳社)を出版。

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