「正解のない市場を、どう事業にするか。」BIOTOPE×CULUMU 共催イベントレポート

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    「顧客の声を聞いても、似たようなアイデアしか出てこない」「社会的な意義は感じるのに、事業として成立させる方法が見えない」「PoCまでは進んでも、本格的な導入につながらない」。新規事業やイノベーションに取り組む企業から、こうした悩みを聞くことがあります。

    その背景にあるのは、事業をつくるための「答え」の不足ではありません。そもそも何を問題として捉えるのか、が難しくなっているのです。社会課題には複数の人や組織、制度、価値観が関わっていて、一つの原因を特定して解決すれば終わる、というものではありません。

    2026年9月10日、BIOTOPEとCULUMUは、こうした問題意識をテーマにしたイベント「正解のない市場を、どう事業にするか。」を開催しました。社会全体の構造から捉える「システムデザイン」と、一人の経験から問いを立てる「当事者発想」。一見すると正反対にも見える二つのアプローチは、どのようにつながるのでしょうか。

    イベント概要

    • イベント名:正解のない市場を、どう事業にするか。

    • 開催日:2026年9月10日(木)

    • 会場:NAKANIWA(東京都港区西新橋)

    • 主催:BIOTOPE / CULUMU

    登壇者

    • 山田 和雅|合同会社BIOTOPE 共同代表/戦略デザイナー/『戦略デザイナーが伝えたい、システムのデザイン』著者

    • 川合 俊輔|CULUMU代表/デザイナー/研究者/『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか?』共著者

    • 各務 太郎|SEN代表/CULUMU Architects代表/『当事者発想』共著者(司会)

    第1部 山田和雅さん登壇:『戦略デザイナーが伝えたい、システムのデザイン』

    最初に登壇したBIOTOPEの山田さんは、社会のパターンを捉え直す「システムデザイン」の考え方と、その実践事例を紹介しました。

    1. 「見えているもの」だけでは、システムは捉えられない

    山田さんは、『システムのデザイン』の考え方を説明するために、まず会場に写真を見せて「何が見えましたか」と問いかけました。1枚目の写真からは黒板、先生、教室、さらには「思想」といった答えが挙がりました。2枚目の写真には運動会、女子生徒、組体操、紅白帽などが写っています。

    山田さんが注目するのは、写真に写る「人」や「物」だけではありません。それらが生み出している活動や、その活動を支えるコンテクストにも目を向けます。

    学校で言えば、授業や運動会といった活動の背景には、教育や体育という考え方があります。さらにその奥には、「健康は素晴らしい」「協力することは大切だ」といった価値観や、教育課程などの制度があります。これらは互いに影響し合いながら、学校という環境をつくっているのです。

    山田:「目に見えるものと見えないものが連動して、同じような結果を繰り返し生み出している。それをシステムと捉え、望ましいあり方へと再設計する試みを、私は『システムデザイン』と呼んでいます」

    ここで大切なのは、個別の課題ではなく、その課題を繰り返し生み出している「パターン」を見ることです。一つの問題を解決しても別の場所から似た問題が現れるなら、原因となっている構造そのものを見直す必要があります。山田さんはこのパターンを「システムのアーキタイプ」と呼び、要素どうしの関係を組み替えることで新しい状態をつくろうとしています。

    2. 「障害者就労」を生み出しているパターンを捉える

    システムデザインでは、デザイナーが外側から分析して答えを出すのではなく、そのシステムに関わる人たち自身が構造を捉え直していきます。

    山田:「システムは『誰かのシステム』ではありません。ワークショップが行われたら、そこにいる皆さん自身が当事者です」

    その実践事例として紹介されたのが、「どうすれば障害者就労の質と量はさらに高まるのか」を問いに掲げたプロジェクトです。障害当事者、支援者、雇用者、行政など、さまざまな立場の人が約1年にわたって議論を重ねました。

    発言を一つずつ整理して関係性をたどると、ある循環が浮かび上がりました。障害者雇用を「必要枠」として捉えると、福祉的なケアが必要になる。ケアにはコストがかかるため「大変なもの」という認識が生まれ、結果として「必要だから仕方なく取り組む」状態が続いてしまう、というものです。この循環の中で個別の課題だけを解決しても、根本的な状態は変わりません。

    そこでプロジェクトでは、参加者自身が「何を大切にしたいのか」という価値観に立ち返りました。そこから見えてきたのが、ケアと経済性を対立させず、両者をつなげるという考え方です。働くためのケアを行うだけでなく、本人が成長し、組織の中で活躍できる環境をつくる。その結果として本業にも貢献できるようになれば、ケアと事業の間に新しい循環が生まれます。

    こうして生まれたのが、「ケア」と「イノベーション」を組み合わせた「ケアノベーション」という概念です。

    この概念は、つくって終わりではありません。現在はそこから具体的なサービスや仕組み、生成AIのツールへと展開しているといいます。見えてきた構造を、実際に社会の中で機能する仕組みに変えていくところまで含めて、システムデザインなのです。

    第2部 川合俊輔登壇:『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか?』

    続いて登壇したCULUMU代表の川合は、一人の当事者との出会いから問いを立て直す「当事者発想」と、その実践事例を紹介しました。

    3. 「当事者」と出会うことで、問いそのものが変わる

    デザインやリサーチの現場では、情報を集めること自体が目的になってしまうことがあります。競合を調べ、定量調査を行い、インタビューを重ねる。情報は増えていくのに、プロジェクトが進むほど「結局、何のためにやっているのか」が分からなくなっていく。関わる人が増えるほど、「誰のためにつくるのか」を共有し続けるのは難しくなります。

    川合が当事者発想に関心を持ったきっかけは、実際に困っている人と出会い、「この人のためにサービスをつくりたい」と思えた経験でした。

    川合:「『この人のためにサービスを提供したい』『この人たちの笑顔を見たい』と感じることが、チームの中でバラバラになっていた目標を一つにまとめるきっかけになる。それがデザイン思考でいう『共感』の発火点になるのではないかと考えています」

    ここで鍵になるのが「当事者」という言葉です。川合は、当事者をユーザーや顧客、ステークホルダーと同じ意味では捉えていません。書籍では、当事者を「その意味を最も深く身体で受け止め、語る資格を帯びた存在」と定義しています。

    また、一人の人が持つ当事者性は一つではありません。父親としての当事者性もあれば、デザイナーとしての当事者性もある。子どもと暮らすことで、その子の経験を通じた当事者性も生まれます。そう考えると、「自分は当事者ではない」と簡単に線を引くことはできません。こうした関係性の中で生まれる当事者性を捉え直すことが、当事者発想のポイントです。

    4. N=1から、どうやって広げていくのか

    当事者発想では「N=1」を起点にします。ただし、それは一人のためだけにサービスをつくるという意味ではありません。

    川合が紹介したのが「カーブカット効果」です。歩道の段差をなくす工夫は、もともと車椅子を使う人の必要から生まれました。しかし段差がなくなったことで、ベビーカーを押す人やキャリーケースを引く人など、多くの人にとって移動しやすい環境になりました。

    一人の具体的な困りごとを出発点にすることで、別の人にも共通する価値が見えてくる。川合はこれを「N=1からN=多へ」と表現します。

    最初から「みんなのため」を目指して平均的なニーズを探すのではありません。一人の経験を深く見ることで、これまで見えていなかった課題や可能性を見つけることが大切なのです。

    5. ランドセル開発で見えた「一人でできる」という価値

    具体例として紹介されたのが、フットマークとのランドセル開発です。従来のランドセル開発は、「より軽くする」「軽く感じさせる」「収納を増やす」といった方向で競争が起きがちでした。

    このプロジェクトでは、脳性麻痺や肢体に障害のある子どもがいる家庭を実際に訪れ、親子がランドセルをどう使っているのかを観察するところから始めました。見えてきたのは、低学年の子どもにとってファスナーの開閉や荷物の整理が難しいという具体的な課題です。同時に、親にとっては、子どもが一人でランドセルを使えること自体に大きな価値があることも分かりました。

    そこから「握力が弱くても一瞬で開閉できる」「中身が一目で分かる」という新しい問いが生まれました。最終的には、磁石で蓋を閉じられる構造、中身を確認しやすい加工、背中に近い位置にタブレットを収納できる構造へとつながっています。

    川合が強調したのは、完成したデザインそのものよりも、プロセスの中での経験でした。実際に家庭へ足を運び、親子がランドセルを使う様子を見たことで、「一人でできる」という言葉を単なる機能要件ではなく、その家庭にとっての意味まで含めて理解できた。その経験がプロダクトの問いを変えていったといいます。

    第3部 対談・質疑応答:システムと当事者を往復する

    後半はCULUMU Architects代表の各務の進行で二人の対談を行い、会場からの質問も交えて議論しました。二つの視点はどうつながるのか、それをどう事業にするのか、AI時代に人間が担うことは何か。話題はこの順に広がり、最後は当事者性そのものが抱える難しさへと及びました。

    6. 全体を見ることと、一人を見ることは対立しない

    各務は、二人のアプローチを「全体最適」と「部分最適」と表現しました。制度や価値観、関係性まで含めた全体から問題を捉えるシステムデザインと、一人の経験を徹底的に見るところから始める当事者発想。一見すると正反対です。

    しかし山田さんは、川合が紹介したストローの事例について、「結局、見出しているのはパターンなのではないか」と応じました。一人の女の子が飲み物を飲みにくそうにしている出来事は、N=1として捉えることもできます。同時に、そこから「大人を中心につくられた飲食店」というシステムを見ることもできるのです。

    川合も、一人の事例を重ねて見ていくことで、共通する課題や構造的なバリアが見えてくると説明しました。一人の経験を深く見るからこそ、その背景にある構造が見えてくる。逆に、システムを俯瞰することで、一人の経験がなぜ生まれているのかを理解することもできます。二つのアプローチは、同じ対象を違う角度から見ているのです。

    7. 「儲け」は、社会課題と対立するものではない

    イベントのタイトルにある「事業」についても議論が交わされました。社会課題に取り組む活動は、意義があっても経済的に持続しなければ長くは続きません。

    山田:「儲けとは『差分』なのではないかと思います。今の状態から別の状態へ変化することに、人は価値を感じて対価を払う。既存のシステムの中で同じことを繰り返しているだけでは、新しい利益は生まれにくいんです」

    そのうえで山田さんが重視するのが「個人の真善美」です。自分は何を大切にしたいのか、なぜこの状態を変えたいのか。その思いこそが、既存のシステムを変える原動力になるといいます。

    一方、川合は儲けを、活動を続けるためのエネルギーとして捉えています。どれだけ強い思いがあっても、組織として続けるには資金が必要です。クライアントからの収益や、プロダクトを必要としてくれる人の存在が、次の活動に向かう力になります。

    会場からも、「システムを変えるための予算や資本をどう確保するのか」という質問が寄せられました。山田さんは、システムデザインを「エコシステムをつくること」と捉えます。サプライチェーンやパートナー企業など複数のプレイヤーを巻き込み、これまで存在しなかった市場をつくっていく方法でもある、ということです。川合は、N=1の課題がどんなロジックで多くの人への価値提供に広がるのかを描ければ、企業の投資対象としても捉えやすくなると答えました。

    社会課題か、ビジネスか、という二者択一ではありません。社会課題に向き合い続けるためにこそ、事業として成立させる必要があるのです。

    8. AIで効率化した時間を、観察に使う

    AIを使えば、市場の傾向を整理したり、ペルソナや事業アイデアをつくったりすることは、以前よりずっと簡単になっています。一方で川合は、AIが扱えるのは基本的にすでに世の中にある情報で、まだ言語化されていない困りごとを見つけるのは難しいと指摘します。各務も、すべての人が困りごとをインターネット上で発信しているわけではない以上、AIに尋ねるだけでは出てこない課題があると話しました。

    だからこそ、実際に人と会い、現場を見て、経験することの価値が残ります。川合は、問いをつくるだけでなく、その問いに取り組み続ける「熱量」も重要だと話しました。ソリューションをつくるのが容易になるほど、「何を解決するのか」「なぜ自分たちがやるのか」に差が生まれていきます。

    この話は、二人の事例に共通する「時間のかけ方」にもつながります。障害者就労のプロジェクトは約1年をかけて多くの人と対話しながら進められ、ランドセル開発も家庭への訪問と観察を重ねて問いをつくりました。通常の企業プロジェクトであれば、「なぜそこまで時間をかけるのか」と問われるかもしれません。

    各務:「AIで効率化してもいいのは、ソリューションを出すところだけかもしれない。そこで生まれた余剰の時間は、とにかく観察に充てるべきなんじゃないかと感じました」

    9. 質疑応答:「当事者だから正しい」わけではない

    最後に会場から、「当事者性がネガティブに働くこともあるのではないか」という問題提起がありました。

    当事者の経験は強い問いを生むきっかけになります。しかし、当事者だからといって、その人の意見が常に正しいとは限りません。各務は、『当事者発想』の中でも、N=1の当事者の意見が強くなりすぎてプロジェクトが失敗するケースを紹介していると説明しました。

    各務:「当事者の方を呼んでインタビューして、一緒につくれば解決、という単純な話ではありません。その人が『正解を持っている人』になってしまうと、かえって視野が狭くなることがあるんです」

    だからこそ、当事者の経験を深く見ることと、その経験が置かれたシステムを見ることを行き来する必要があります。各務はこれを「鳥の目と虫の目」と表現しました。当事者の声を尊重しながらも、それを唯一の正解にはしない。この点でも、システムデザインと当事者発想は補い合う関係にあります。

    おわりに

    今回のイベントで繰り返し語られたのは、最初から大きな市場や正解を設定することの難しさでした。一人の経験を深く見ることで、それまで見えていなかった問いが生まれる。一方で、その問いを社会の中で実現するには、制度や組織、経済、人と人との関係といった、より大きなシステムを見る必要があります。どちらか一方ではなく、両方を行き来しながら考え、そこで見つけた問いを、人や組織が続けて取り組める事業の形にしていくことが求められています。

    AIによってソリューションをつくることが容易になった今、時間をかけて人の経験を知り、「何を解決するのか」「なぜ解決したいのか」を考えることには、これまでとは違う価値が生まれています。正解のない市場を事業にする手がかりは、その手間を惜しまないところにありそうです。

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