移動可能性が下がる社会

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    :超高齢社会におけるモビリティの意味とは ー移動ができないと、何ができなくなるのかー

    移動可能性が下がる社会

    【連載第1回】超高齢社会におけるモビリティの意味とは ー移動ができないと、何ができなくなるのかー


    近年、日本社会では高齢化が進む中で、移動をめぐる課題が、個人の問題として語られる場面が増えています。
    免許返納、公共交通の縮小、家族構成の変化。
    こうした変化のなかで、「移動できなくなったらどう支えるか」という議論は、これまで数多く重ねられてきました。
    しかし、移動の問題は、本当に「行けなくなった瞬間」から始まるのでしょうか。
    数値データや制度設計だけをもって、人の生活や選択を理解したと言えているでしょうか。
    インタビューを通じて見えてきたのは、移動手段が残っている段階から、外出の回数を減らす、用事を絞る、頼ることを控えるといった静かな調整が積み重なっている現実でした。
    そこでは、「行けるかどうか」以上に、「選べるか」「したいと思えるか」「関われているか」といった生活の状態が少しずつ変化していました。

    移動は、シニアの生活を支える前提条件になりつつある

    移動は単なる交通手段の問題ではありません。
    買い物、人との関わり、仕事や役割、そして 「こうありたい 」という気持ちにまで影響を及ぼしています。
    これまでシニアの移動は、 「行けるか/行けないか 」 「安全か/危険か 」といった手段やリスクの議論として扱われてきました。
    高齢化が進むいま、移動を生活 ・欲求 ・尊厳を支える基盤として捉え直す視点が求められています。
    本連載では、「移動できない」とはどのような状態なのかを、一人ひとりの生活の実感から捉え直します。

    高齢化が進む社会で、移動可能性は確実に下がっている

    令和5年版高齢社会白書による試算では、2035年までに高齢者(65歳以上)の人口が約3割になるといわれています。これは、社会の中で「移動できるかどうか」が、より多くの人の生活の質や尊厳を左右する時代が到来することを意味しています。
    加齢に伴う身体的・認知的変化や免許返納、地域交通の縮小などにより、シニア・高齢世代の移動可能性は制約されつつあります。その影響は通院や買い物といった日常行動にとどまらず、人や社会とのつながり、生きがいの喪失にも直結します。
    こうした背景から、アクセシビリティや使いやすさを起点とした移動環境・サービスの再設計が求められています。

    2035年には日本人の約3分の1が高齢者になる推計図

    出典:内閣府「令和4年版 高齢社会白書」(2022)


    加齢に伴い、移動の条件も変化します。
    身体機能や視力の低下、夜間・悪天候時の不安などにより、移動は「いつでもできる行為」から、条件がそろったときにのみ選択される行為へと変わっていきます。
    その象徴の一つが、運転免許の自主返納の増加です。
    警察庁の統計によると、75歳以上の高齢運転者における免許自主返納は年々増加しており、2024年には年間約43万人が免許を返納しています。
    また、国土交通省の人流・行動調査(パーソントリップ調査)では、年齢が高くなるにつれて、1人あたりの外出回数が減少する傾向が示されています。移動距離そのものよりも、「外出する機会」「移動する頻度」が低下していくことが確認されています。
    これらのデータが示しているのは、高齢化とは単に人口構成の変化ではなく、社会全体の移動可能性の水準が、構造的に変わり始めているという事実です。

    年々増加傾向にある運転免許の自主返納件数の推移グラフ

    出典:警察庁 「運転免許の申請取消(自主返納)件数」

    移動ができなくなると、生活はどう変わるのか

    自由な移動が困難になると、健康・食・交流・暮らし・就労・防災など、生活のさまざまな領域に影響がおよび、少しずつ制限が生じていきます。

    自由な移動が困難になった場合の影響範囲を示す相関図

    見落とされてきた移動の影響 ー 欲求・尊厳・社会参加

    これまでの移動支援は、主に「生活を維持するための移動」に重点が置かれてきました。
    病院に行く、買い物をするといった生活を維持するための移動は、制度や施策の対象として整理されています。
    しかし、移動が生活の質や社会参加と深く結びついていることが研究でも指摘されています。早稲田大学の研究では、高齢者が自分で運転できなくなると、基本的なニーズへのアクセスだけでなく、社交活動や人との交流への参加が制限される可能性があると示されています。

    移動が生活の質や社会参加に及ぼす影響に関する研究論文

    この研究は、日本の高齢者を対象にJSTAR(Japanese Study of Aging and Retirement)データを分析し、運転能力と社会活動への関わりの関連性を探っています。
    一方で、「誰かに会いに行く」「趣味や学びの場に通う」「気分転換に外出する」といった生活を豊かにする移動は、従来の支援の枠組みでは扱われにくい領域でした。
    このため、移動を「行ける/行けない」という機能的な問題として捉えている限り、欲求や尊厳、社会参加といった側面が議論の外に置かれてきました。

    出典:早稲田大学ニュースリリース「Ability to Drive a Car Influences Quality of Life of Older Adults in Japan」 (2023)

    移動を個人に委ねてきた社会構造

    移動が難しくなること自体は社会全体で起きている変化である一方、
その対応は「自己責任」として個人の判断に委ねられる形で制度化されています。
    代表的な例が運転免許の自主返納制度です。
    警察庁は高齢運転者の事故防止の観点から返納を促していますが、
返納はあくまで本人の判断に委ねられており、
返納後の生活や移動手段について制度上の義務的な支援は設けられていません。
    内閣府の調査でも、高齢者が免許返納をためらう理由として
 「生活に不便が生じる」「移動手段がなくなる」といった点が多く挙げられています。
    これは、移動を続けるか中断するかという判断が、
 生活設計そのものを個人で引き受ける選択になっていることを示しています。
    「運転を続けるか」「返納するか」「外出するか控えるか」といった判断は、
社会的な仕組みで支えられるというより、
個人の選択と責任の問題として整理されてきました。
    その結果、移動が難しくなった後に生じる不便さや生活の縮小が、
個人の側で引き受けられやすい構造が生まれています。

    おわりに

    高齢化の進む日本社会において、移動はもはや個人の問題にとどまりません。
    移動可能性の低下は、生活のさまざまな側面に影響を及ぼす、社会全体の課題です。
    移動を単なる手段としてではなく、生活を支える基盤として捉え直すことからモビリティについて考えていく必要があるのではないでしょうか。

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