新規事業に「創造性の土壌」をつくる。3冊の著者と考える、問い・当事者・組織の関係

      「アイデアは出るのに、どれもどこかで見たものに見える」「顧客の声を集めるほど、何をつくるべきか分からなくなる」「PoCまでは進むのに、組織の壁を越えられない」。新規事業に取り組む方々から、こうした悩みを聞くことがあります。

      その背景にあるのは、アイデアや市場データの不足だけではありません。どのように問いを立てるのか。創造性をどう使い、形にしていくのか。そして、新しい挑戦を育てられる組織になっているのか。こうした前提が、新規事業の進み方を左右することがあります。

      2026年10月16日、CULUMUはイベント「新規事業に『創造性の土壌』をつくる」を開催しました。創造性を学習できる技術として捉える中島亮太郎さん、一人の当事者の経験から問いを立て直す川合俊輔、組織の断絶をつなぐ神谷泰史さん。2026年に刊行された3冊の著者とともに、新規事業の壁の捉え方を考えました。

      イベント概要

      • イベント名: 新規事業に「創造性の土壌」をつくる

      • 開催日: 2026年10月16日(金)

      • 会場: SOIL(Shibuya Open Innovation Lab、東京都渋谷区渋谷)

      • 主催: インクルーシブデザインスタジオ CULUMU(株式会社STYZ)

      • 共催: 翔泳社

      • 協賛: クリエーションライン株式会社

      登壇者

      • 中島 亮太郎さん|デザイナー/社会教育士/『世界一わかりやすい創造性の授業 AI時代を生き抜く学習メソッド50』著者

      • 川合 俊輔|CULUMU代表/デザイナー/研究者/『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか?』共著者

      • 神谷 泰史さん|デザインストラテジスト/『イノベーションが起きる組織 ヒト・モノ・ビジョンで断絶をつなぐ「媒介のデザイン」』著者

      • 根岸 慶さん|JAM株式会社 代表取締役/クリエーションライン株式会社 COSTA事業部長(モデレーター)

      第1部 中島亮太郎さん登壇:『世界一わかりやすい創造性の授業』

      最初に登壇した中島さんが紹介したのは、創造性を才能ではなく「学習できる技術」として捉える考え方です。新規事業では、自分には発想力やセンスがないと感じると、創造性を生まれ持った能力の問題として片づけてしまいがちです。中島さんは、創造性は特別な人だけのものではなく、実際につくり、試しながら身につけていけるものだと話します。

      1. 「知っている」と「分かっている」は違う

      中島さんは、本の表紙に描かれたハンバーガーを例に、会場に問いを投げかけました。一般的なハンバーガーでは、パティは下側か上側に置かれることが多く、真ん中に挟まることはあまりありません。中島さん自身も絵を描いた時点では気づかず、誕生日パーティーで実際にハンバーガーをつくり、具材を並べる段になって初めて順番を意識したといいます。

      知識として知っていることと、自分で理解していることは違う。つくることで、その違いに気づける。

      情報を集めるだけで終わらせず、手を動かしてみる。つくると分かることが増え、その理解が次の工夫につながっていきます。

      2. 小さくつくり、試し、続ける

      「創造」という言葉には、新しさを表す「創」と、形にすることを表す「造」の両方が含まれています。どれだけ新しい発想があっても、形にしなければ創造にはなりません。

      また、創造性には、自分なりの小さな工夫から社会を変えるイノベーションまで、さまざまな段階があります。カレーにチョコレートを少し入れてみるような身近な工夫も、創造性の一つです。最初から大きな成果を狙うと、試すこと自体のハードルが上がってしまいます。まず小さくつくり、発見を次に生かす。その繰り返しが創造性を育てます。

      著書では、約50のメソッドを「分かる・できる・見つける・形にする・試す・続ける」の6つのステップで整理しています。不思議に思う気持ちから発見し、手元にあるもので形にし、使う人の反応を確かめ、うまくいかない状態とも付き合い続ける。創造性はアイデアを思いつく瞬間だけのものではなく、こうしたプロセス全体を通じて育っていくものなのです。

      第2部 川合俊輔登壇:『当事者発想 あなたの「誰かのため」は、何のためか?』

      続いて登壇したCULUMU代表の川合は、一人の当事者の経験から問いを立て直す「当事者発想」について紹介しました。

      3. プロジェクトが進むほど、顧客が分からなくなる

      川合は、新規事業ではマインドセットが重要だと話します。既存事業では、知識や仕組みを深める「深化」が中心になります。一方、新規事業には未知の領域を探る「探索」が欠かせません。しかし組織の中では、既存事業の成功体験が強く働き、探索が難しくなることがあります。

      CULUMUが新規事業に取り組む人々を対象に行った調査では、失敗要因として「顧客理解の不足」が多く挙げられました。さらに、プロジェクトが進むほど顧客理解への手応えが下がっていく傾向も見られました。検討を進めるうちに、分かっていなかったことが見えてくるのです。だからこそ、理解できていると思い込まず、問いを見直し続ける姿勢が求められます。

      4. 一人の声から、多くの人にとっての価値へ

      そこで川合が重視するのが、「ユーザー」や「顧客」ではなく「当事者」という言葉です。当事者とは、課題の渦中にいて、それを実際に経験している人。属性や立場で捉えるのではなく、その人が何を経験し、何を感じているのかを知ることが大切です。

      「誰かのため」という思いは、ものづくりの出発点になります。ただし、善意で席を譲っても相手が望んでいないことがあるように、その思いが相手の必要と一致するとは限りません。相手の経験に触れ、何を解決するべきかを考え直す必要があります。

      一人の経験から始めることは、その人だけのためにつくるという意味ではありません。車椅子を使う人のために歩道の段差をなくしたことが、ベビーカーや台車を押す人の移動のしやすさにもつながった「カーブカット効果」のように、具体的な困りごとを深く理解することで、ほかの人にもつながる価値が見えてきます。CULUMUが携わったランドセル開発でも、扱うことが難しい子どもたちと一緒にリサーチすることで、磁石を使った開け閉めの構造など、既存製品の改善だけでは見えにくかった工夫が生まれました。

      一人の経験に向き合うことで、これまで見えていなかった問いが生まれ、その問いが結果として、より多くの人にとっての価値につながることがあります。

      第3部 神谷泰史さん登壇:『イノベーションが起きる組織』

      3人目に登壇した神谷さんは、組織の中にある断絶と、それをつなぐ「媒介のデザイン」について紹介しました。事業会社で新規事業の立ち上げや制度設計・組織開発に携わりながら、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の博士課程で、アート作品が組織のイノベーションを促す仕組みを研究しています。

      5. イノベーションは「起こす」ものではなく「起きる」もの

      神谷さんは、新しいアイデアが生まれない原因を個人の能力だけに求めるのではなく、組織の中に埋め込まれた「断絶」に注目します。畑の作物は、芽を引っ張っても育ちません。水や肥料を与え、日当たりを整えることで初めて育ちます。イノベーションも同じで、新しい挑戦が生まれる環境を整えることが必要だといいます。

      その断絶の例として紹介されたのが「100億円問題」です。神谷さんが以前、新規事業の計画を決裁者にプレゼンした際、「単年度で100億円の売上が立たない計画は通せない」と言われたことがあったそうです。新規事業の側から見れば現実的ではない基準ですが、既存事業の論理から見れば合理性があります。どちらかが間違っているのではなく、異なる前提に立った判断基準が同じ組織の中に共存していることが、すれ違いを生んでいるのです。

      6. ヒト・モノ・ビジョンで断絶をつなぐ

      そこで神谷さんが提案するのが、断絶をつなぐ媒介としてのヒト・モノ・ビジョンです。部門の間に立って考え方を翻訳する人、プロトタイプのように抽象的な考えを共通の議論の対象にするもの、そして組織として何を目指すのかを共有するビジョン。ただし、何が媒介として機能するかは、組織の状況や文化によって変わります。

      媒介には、「今年度の売上を前年比何%に」のように意味が分かりやすく行動につながる「!」の成分と、アート作品や異文化との出会いのように、すぐには説明できなくても問いを生む「?」の成分があります。「!」は事業を前に進める推進力に、「?」は前提を問い直すきっかけになります。

      例として紹介されたのが、マツダの「魂動(こどう)デザイン」です。新しい車のコンセプトを、チーターの躍動感を思わせる抽象的な造形物で表現して各部門に渡したところ、生産部門が「この造形を実現するには何が必要か」と試行錯誤し、新しい技術が生まれたといいます。神谷さん自身も、ビジョンづくりに現代アーティストを招き、12枚のドローイングを手がかりにワークショップを行ったことで、既存事業の延長線上では出てこなかったキーワードが生まれた経験を紹介しました。

      7. 制度と文化を両輪で変える

      ただし、新しい発想を持ち込むだけでは組織は変わりません。たとえば心理的安全性を高める取り組みを進めても、評価制度が既存事業の売上だけを重視していれば、挑戦した人が不利になってしまいます。逆に、制度だけを変えても、挑戦を受け入れる文化がなければ行動は変わりません。

      制度と文化の両方を整えてこそ、イノベーションが生まれる土壌は育っていきます。

      第4部 クロストーク・質疑応答:創造性・問い・組織をつなぐ

      後半は、モデレーターの根岸さんの進行のもと、会場からの質問を交えたクロストークが行われました。

      8. 挑戦と評価の、ほどよい緊張感

      最初の質問は、新規事業の評価のあり方についてでした。一般的には、新規事業で失敗するとマイナス評価になりがちです。ところが質問者の職場では逆に、新しく何かを始めた人ばかりが目立って評価され、既存事業を地道に支える人が報われにくいといいます。こうした評価の偏りは、神谷さんの「媒介の方程式」でいえばどこに当たるのか、という問いでした。

      神谷さんは、これも組織の文脈によって変わる問題だと整理しました。挑戦すると評価が下がる組織では挑戦する人が減りますが、反対に成果を問われない環境になれば、事業を前に進める力が弱まります。逆風の中で「何くそ」という思いから生まれた事業には強さがある、と神谷さんは話し、当事者性の話につなげました。

      川合も、関わる人が増えるほど当事者としての意識や緊張感が薄れていく傾向を感じていると話しました。数字を追うことと、新しい可能性を探ること。そのバランスを、チームで議論しながら保っていくことが大切だといいます。

      9. 「誰でも創造性を持てる」は本当か

      京都から参加した方からは、中島さんの「創造性は学習できる」という主張に対して、「やればできる」というのは「勉強すれば誰でも東大に入れる」と言うのと同じで、実際には誰もがイノベーターになれるわけではないのではないか、という問いが投げかけられました。中島さんは、創造性はゼロか百かで分けられるものではないと応えます。百の創造性がなくても、十の創造性を生かすことはできる。創造性を学習できる技術として捉えることは、誰もが同じ水準に到達できるという意味ではなく、今あるものを出発点にできるということです。

      10. 経験しながら、一歩引いて見る

      別の参加者は、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を引きました。今日の登壇者はそろって「まず自分で体験してみる」ことを勧めているが、それは愚者の学び方ではないのか、という問いです。中島さんは、実際に経験することと、それを客観的に捉えることの両方が大切だと答えます。競馬場に通いながらも、「なぜ人はここで盛り上がるのだろう」と冷静に観察している。当事者として経験しながら一歩引いて見つめる、その両方の視点がものづくりにつながるといいます。

      11. 個人の好奇心を、組織の力に

      最後の質問は、中島さんが紹介した「センス・オブ・ワンダー」を受けたものでした。子どものように不思議に思う気持ちと、大人が積み重ねてきた経験や知識は、創造性においてどう関係するのか。3人それぞれの考えを聞きたい、という問いです。中島さんは、子どもは不思議に気づく力が強い一方で形にするのは難しく、大人はその逆だと話し、まず形にしてみることの大切さを改めて強調しました。

      川合は、デザイン思考の「共感」について、学生はユーザーや当事者への共感が強く、社会人になるほどチームや関係者への共感に重心が移っていくという研究結果を紹介しました。一人の当事者への共感を出発点にしながら、組織の中で周囲を巻き込んでいく。新規事業ではその両方が必要です。

      神谷さんは、創造性は「その人らしさ」であり、能動性と深く結びついていると話しました。一人ひとりが自分らしさを発揮できることが、組織の中に多様な「?」を生み出すことにつながります。

      おわりに

      今回のイベントでは、創造性、当事者発想、組織づくりという3つの視点から、新規事業が直面する壁を考えました。創造性を、つくり、試し、続けることで育てられる技術として捉えること。抽象的な「みんなのため」ではなく、一人の当事者の経験から問いを立て直すこと。そして、個人の挑戦を生かすために、ヒト・モノ・ビジョンで断絶をつなぎ、制度と文化の両方を整えること。

      実際に手を動かして初めて分かることがあり、一人の経験に向き合うことで見えてくる課題がある。そして、そこで得た気づきを事業にするには、挑戦を続けられる組織の環境が欠かせません。創造性を個人の才能に閉じ込めず、イノベーションを個人の努力だけに委ねない。創造性が育つ「土壌」をどうつくるかという問いは、私たちが組織の中でどう学び、他者と関わり、働くのかを考えることにもつながっています。

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