「誰が楽しめないか」から、体験の可能性を広げる。CULUMUが伝えるインクルーシブデザイン
2026年10月13日、HCD-Netアワードで「グッドプラクティス」に認定された事例を紹介するイベントが開かれ、CULUMUのCDO(Chief Design Officer)である川合俊輔が登壇しました。
前半は、認定事例の関係者による座談会です。川合はここで、CULUMUがアワードに応募した理由や、デザインの考え方を現場に根付かせるために大切にしていることを話しました。
後半は、川合がインクルーシブデザインの考え方を紹介し、それを体験するワークショップを行いました。参加者は多様な人の視点を重ねながら、体験の中にあるつまずきと、新しい可能性を探りました。

論じるより、まず知って、体験してもらう
座談会で最初に話題になったのは、なぜアワードに応募したのかということでした。

CULUMUの取り組みは、当事者とつながったり、専門家と関わったりすることが中心です。そのため、ほかの人が「実践してみよう」と思っても、距離を感じやすいと川合は話します。
まずは知っていただいたり、体験していただいたりするために、どういうところに、どう届けていけばいいのか。それを考える中で、アワードにもぜひ出してみようと思いました。
論文にまとめることも考えたそうです。ただ、論文では「活動そのものよりも、どちらかというと論じることが優先されてしまう」。取り組みそのものを知って、触れてもらいたいという思いが、アワードへの応募につながりました。
ツールを渡すだけでは、デザインはできない
座談会のメインテーマは、「デザインの考え方を伝えて、育てて、現場に根付かせる」ことでした。川合は、デザインはそもそも難しいものだと前置きしたうえで、こう話しました。

ツールを伝えるだけで、デザインができるようになるわけではない。
CULUMUのチームには、建築家やリサーチャー、UIデザイナーなど、専門の異なるメンバーがいます。そこで大事にしているのは、デザインするためのツールや手段、考え方そのものを自分たちでつくることです。つくったものは、クライアントと自分たちの両方が使っていきます。今は、AIが何でも答えてくれる、つくってくれる時代でもあります。だからこそ、その手前にある考え方やツールからつくることを大切にしているといいます。
受託の仕事では、クライアントや周囲からの要望があります。ただ、すでにある手段をつなぐだけでは、できることが限られてしまいます。「どう期待を超えるのか」「どう新しい価値をつくるのか」を問い直していくと、手段から考える必要が出てくる。CULUMUでは、そうしたプロセスづくりも含めて、社内で議論と対話を続けているそうです。
後半のワークショップで使ったカードも、そうした手段の一つです。
デザインの出発点に、どんな人を思い浮かべるか
インクルーシブデザインでは、これまで十分に聞かれてこなかった声や、既存の製品・サービスに参加しづらかった人の経験を、デザインのプロセスに取り入れていきます。
川合が大切にしているのは、困りごとを聞くだけでなく、その人と一緒に考え、つくることです。誰に参加してもらうかによって、見えてくる課題も、アイデアの広がりも変わります。
「どういった方に参加していただけると、より新しいアイデアや視座につながるのか」を考え続けることが、大事なのではないかと思っています。
CULUMUを運営するSTYZは、10年ほど続けている寄付プラットフォーム「Syncable」を通じて、たくさんのNPOと関わってきました。その中で川合が感じていたのは、暮らしに大きく関わる困りごとなのに、製品やサービスをつくる側には届いていない声がある、ということでした。

たとえば、脳卒中を経験した人が、その後の移動でどんな課題を抱えるのか。がんを経験した人が社会に戻るとき、治療の場面だけでは捉えきれない就労の課題がある。デザインの支援とNPOの支援をつなげば、そうした経験から新しい価値を考えられるのではないか。この問題意識から始まったのが、CULUMUの活動です。
最近は、外国人が迷いやすい渋谷の建物で、車椅子ユーザーにも参加してもらいながら、サイン計画やまちのつくり方を見直す調査も行っています。
人の多様性は、身体の違いだけに表れるものではありません。同じ空間を「暗くて落ち着く」と感じる人もいれば、不安を覚える人もいます。CULUMUは、こうした感覚の違いも空間やサービスを考える手がかりになると考え、「感覚のデータベース」づくりを始めています。デザインイベント「Designship 2026」では、来場者がさまざまな場所で感じた感覚を“植える”取り組みを行いました。2日間で401人が参加し、715の感覚が集まりました。

「人間ってこうだよね」を、いったん広げる
ワークショップでは、多様な人の特性や暮らしを知るためのカードを使って、キャンプの体験を考えました。カードは約100枚あり、子ども向けのバージョンもあります。本来は3時間ほどかけて行うワークですが、この日は約20分に凝縮しました。

最初に行ったのは、キャンプの流れを書き出すことです。予定を決める、準備をする、移動する、現地で過ごす、帰る。参加者は、自分の経験やイメージをもとに、体験を時系列でポストイットに並べていきました。

キャンプに行ったことがなくても構いません。まずはチームで、どんな行動や場面があるのかを出し合い、考える土台をつくります。
そのうえでカードを読み、それぞれの人がその体験にどう参加できるかを考えていきました。
ワークの出発点について、川合はこう説明します。
「人間ってこうだよね」「キャンプが好きな人ってこうだよね」というところから始めるのではなく、「人間は、もっと多様だよね」というところから考える。
ふだん無意識に思い浮かべている「キャンプに行く人」のイメージを広げてみると、同じ準備や移動にも、これまで考えていなかった条件が見えてきます。
カードは、その違いを考えるための手がかりです。
楽しめるかどうかを、二択にしない
次のステップでは、カードに描かれた人と、書き出したキャンプの体験を照らし合わせていきました。
「ほとんどの体験を楽しめそう」「ここでは少しつまずきそう」「参加すること自体が難しいかもしれない」。参加者は、それぞれの体験を色分けされたゾーンに置いていきます。

川合が伝えたのは、参加できるかどうか、楽しめるかどうかは、きれいに二つに分かれるものではないということでした。ある場面では楽しめても、別の場面では難しさがある。少し条件が変われば、参加しやすくなることもあります。
時間に余裕があれば、その人の「心の声」を吹き出しで添えることも勧めていました。どんな理由で、その場所にカードを置いたのか。考えた過程を言葉にすると、チームの中で体験の捉え方を共有しやすくなります。

最後に考えたのは、楽しめる体験に近づけるためのアイデアです。
どんなサービスや仕組みがあれば、つまずきを減らせるのか。すでに楽しめそうな体験を、もっと面白くすることはできないか。参加者は、並べたカードと体験の流れを見ながら、チームで話し合いました。
テーブルから聞こえてきた声
短い時間でしたが、各テーブルでは手を動かしながらの会話が続きました。

体験を書き出す段階では、「泊まるか、泊まらないかもあるかもしれない」「バリエーションもありますね」といった声が上がりました。同じ「キャンプ」でも、前提がいくつもあることに気づいていく様子です。キャンプにまだ行ったことがないという参加者も、イメージをもとに場面を書き出していきました。
川合はこの段階を振り返り、次のように話しました。
皆さんにとっては当たり前のことでも、意外と考えていなかったことがあったりする。
カードを置く段階に入ると、手が止まるテーブルも出てきました。「迷ったな。この人、緑に置くか、その隣に置くか……」と、カードを手に話し合う姿もありました。ある参加者は「どこでつまずくんだろうと考えると、準備の段階で引っかかりそう」と、現地に着く前の場面に目を向けました。「持ち物をそろえたり、人数分の食材を考えたり、意外と計算が必要なんですよね」「予算の見通しを立てるところからして、ハードルになるかもしれない」。参加者はカードを手がかりに、現地で過ごす場面だけでなく、準備や段取りにもつまずきがあることを探っていきました。
最後の話し合いでは、「ほかの人がいないと、テントを張るのも難しいかも」「一人では、荷物を運ぶだけでも大変そう」といった声が聞こえてきました。キャンプには、誰かと一緒なら乗り越えられても、一人では難しい場面が少なくありません。一方で、「でも、本当はほかの方に頼らずに、自分でやりたい人もいるよね」という声も。手を借りることを前提にするのか、自分でできる仕組みを用意するのか。誰かの手を借りずに楽しめるかどうかが、話題の一つになっていたようです。
一人の困りごとが、新しい価値につながる
ワークの狙いについて、川合は、いきなり対象を絞り込むのではなく、多様性を考えながら視野を広げることだと説明しました。
「この人は参加できるだろうか」と考えていると、「この人と一緒に考えたら、もっと面白くなるのではないか」という問いが生まれます。その問いが、次の調査や当事者との対話につながっていきます。
たとえば、車椅子の人には難しいと思われたキャンプ場でも、その人が楽しく過ごせる環境を一緒に考えれば、子どもやシニアにとっても過ごしやすい場所になるかもしれません。
川合が紹介したランドセルの取り組みにも、同じ考え方がありました。
軽さや丈夫さが進化していても、すべての子どもにとって使いやすいとは限りません。そこで、発達特性があったり、片手が動かしづらかったりする子どもたちと一緒に、「自分でできた」という体験につながるランドセルを考えました。CULUMUで手がけた「ぴったセル」では、チャックの代わりに磁石を使用し、引くだけで開けられる仕組みを取り入れています。中身が散らかりやすい子のために、開口部をアール形状にして光が入るようにし、中身を見やすくしました。一人の使いづらさに向き合って生まれた工夫が、ほかの子どもにとっての使いやすさにもなります。
川合は他にも、靴ひもを結べない少年の声をきっかけに、手を使わずに履けるスニーカーが生まれた事例を紹介しました。
マイノリティーの方の意見が、実は、みんなにとってよいアイデアになる。
誰かの困りごとから考え始め、そのアイデアがほかにどんな人の役に立つかを見ていく。インクルーシブデザインでは「N=1」と呼ぶこともあるこの発想に、面白さと醍醐味があると川合は話しました。
カードは企業の社内などで使われているほか、学校には無償で提供しています。今後は、個人でも購入できる形や、枚数を絞った版、「働く」をテーマにした版など、使う人やテーマに合わせた展開を考えているそうです。
AIが広がる今、人と一緒につくる意味
座談会の最後に、これから取り組みたいことを聞かれた川合は、HCDをより広め、活用していくことがベースにあると答えました。そのうえで、AIがもたらす変化にも触れています。
AIが世の中に広がれば広がるほど、データを平均化する力も強くなります。
実際のユーザーや当事者と一緒にものづくりをすることが、これまで以上に忘れられがちになる時代に入りつつあるのかもしれない。だからこそ、その重要性はむしろ増しているのではないか。川合はそう考えています。
あわせて繰り返し語ったのが、デザインに取り組む楽しさでした。

私自身も楽しんだり、ワクワクしながら取り組んだりすることが、今後ますます大事だと感じています。
自分とは違う経験を知ることで、考えられることが増えていく。誰かにとって難しかった体験を、一緒につくり直す余地が見つかる。
今回のワークショップは、その入り口を短い時間で体験する場になりました。カードを通して生まれた「この人は、どう感じるのだろう」という問いを、実際の対話につなげていく。そこから、次のデザインが始まります。
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