LiSHとCULUMUがN=1から育てる、街づくりの当事者意識――「使いづらい」で終わらせず、自ら変えてみるという自発性とは

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    街を歩いていて、案内表示が分かりにくい。トイレまでの経路が見つけづらい。目的地へ行くまでに、何度も地図を確認しなければならない。多くの場合、その経験は「この施設、使いづらいな」という感想で終わる。しかし、高輪ゲートウェイシティのビジネス創造施設「LiSH」では、その不便が新しい事業の種に変わることがある。

    LiSHでは、街で働く人や入居者を、単なる「利用者」ではなく、この街をともにつくるプレイヤーとして捉えている。

    インクルーシブデザインスタジオCULUMUがLiSHで実施したインクルーシブデザインワークショップでは、具体的な一人の経験から課題を捉える「N=1」のアプローチを用いた。

    ワークショップを振り返るなかで、株式会社JR東日本企画 小西さんが語ったのは、このN=1とLiSHが重視する「街全体が実験場」という思想との意外なほど強い親和性だった。

    目の前の一人の困りごとを知る。自分自身も、一人の当事者として街を見る。そして、そこで見つけた課題に対して、自分が持っている技術や知識を使って行動してみる。インクルーシブデザインのワークショップから見えてきたのは、特定の人に配慮する方法だけではない。

    「街をより良くするのは誰なのか」という、街づくりそのものへの問いだった。

    小西 政弘(こにし・まさひろ)

    株式会社ジェイアール東日本企画
    ブランド・イノベーション局第二部

    福井県出身。過去、大丸有ワーカーの横断コミュニティ形成業務に従事。丸の内ワーカーのアイデアを地方課題とマッチングさせて現地で実践する事業を中心に手掛ける。2025年~現職。ジェイアール東日本企画にて高輪ゲートウェイシティ「LiSH」の開業から参画。街全体を実証フィールドとする「LiSH実証実験チャレンジプログラム」のほか、平時より会員コネクションを強化し、コミュニティ形成イベント運営を進める。

    N=1のペルソナカードが、抽象的なダイバーシティを一人の生活者に変える

    CULUMUがLiSHで実施したワークショップでは、さまざまな生活背景や特性を持つ一人の人物を描いたペルソナカードを用いた。カードの表には人物をイメージするためのビジュアルがあり、裏には、その人の生活、状況、困りごとなどが具体的に記されている。

    参加者は、その一人になったつもりで、サービスや環境について考えていく。

    ――ワークショップを振り返って、どのような反応が印象に残りましたか。

    小西さん:終了後にアンケートを取ったのですが、満足度のスコアが非常に高かったのが印象的でした。インクルーシブデザインという言葉を、座学としてなんとなく聞いたことがある人は多かったと思います。

    ただ、N=1から始めて、実際にカードを使いながら考えていく体験は、皆さんにとって「目から鱗」だったのだと思いますし、あのワークショップでしか提供できないオンリーワンの価値だったんじゃないかなと思います。

    アンケートの数値やコメントからも、それを強く感じました。

    インクルーシブデザインという言葉を知ることと、一人の具体的な生活を想像することには距離がある。

    「高齢者に配慮する」「子育て世帯にも使いやすくする」「障害者にもアクセス可能にする」。属性の名前だけを並べれば、多様性について考えたように感じられる。しかし、一人の生活へ近づけば、同じ属性のなかにも異なる状況があることが分かる。

    何に困っているのか。

    どの時間帯に利用するのか。

    一人なのか、誰かと一緒なのか。

    どのような経験があるのか。

    抽象的だった利用者が、一人の生活者へ変わったとき、初めて「この人ならどう感じるだろう」という問いが生まれる。

    ペルソナを「理解する」のではなく、一度その人に憑依してみる

    ――ペルソナカードの評価について、詳しくお聞かせください。

    小西さん:あのペルソナカードは、人を「憑依させやすい」と感じました。

    イラストの力なのか、カードというフィジカルなものだからなのかは分からないのですが、裏側にその人のペルソナがかなり具体的に書かれています。

    ストーリーを読み、その人のイラストを見ると、その人になったような感覚で考えられる。それが、ワークが進む上で大きなポイントだったと思います。

    ここでいう「憑依」は、他者の経験を完全に理解できるという意味ではありません。

    他人の人生を、一枚のカードを読んだだけで分かったつもりになることには慎重である必要があるのだと思います。それでも、自分とは異なる前提を一時的に借りながら考えることはできますよね。

    普段は迷わず通っている場所でも、この人ならどこで立ち止まるだろう。

    自分には何でもない音が、この人にはどのように感じられるだろう。

    自分ならスマートフォンで調べれば済むが、この人も同じ方法を取れるだろうか。

    自身の経験を唯一の基準にしないための、思考の補助線になる。

    小西さん:例えばAIを使って、「このグループは34歳の子育て中の女性について考えてください」と表示するだけだったら、もう少し手触りのないワークショップになっていた気がします。

    実際のカードを手に取って、そこに書かれているストーリーを読み込むことが、あの場を活性化した一つの鍵だったのではないでしょうか。

    リアルな場所で、リアルなカードを囲む意味

    LiSHが大切にしている価値の一つに、「リアル」がある。

    高輪ゲートウェイシティという実際の街があり、そこに企業が入居し、人が働き、日常的に顔を合わせている。事業アイデアだけをオンラインで交換するのではなく、街を一緒に歩き、実物を見ながら話し、場合によってはその場ですぐに実証する。

    CULUMUのワークショップも、同じ空間に人が集まり、一枚のカードを囲みながら対話する形式だった。

    自分一人でペルソナを読み、アイデアを出すのではない。「この人は、ここで困るのではないか」「でも別の人なら、この方法は使いづらいかもしれない」「それなら、こういう選択肢を用意できないか」参加者同士の解釈の違いが、そのまま議論になる。

    同じカードを見ていても、全員が同じことを感じるわけではない。その違いに出会うことも、リアルなワークショップの価値である。

    LiSHの会員は、事業者である前に「街を使う一人の当事者」である

    ――今後、インクルーシブデザインやN=1の当事者発想を考えるプログラムをLiSHで行うとした場合、他にどういったテーマや企画が良さそうでしょうか。

    小西さん:LiSHの入居者は、この街を楽しむ一人の当事者でもあります。LiSH会員は、スタートアップや大企業の新規事業担当者として街にいる。同時に、通勤し、食事をし、買い物をし、施設を利用する一人の生活者でもあるのです。

    一人の人間が来訪者として街を使うなかで、「ここは少し使いにくい」「こうした方がよい」という日常の課題をたくさん見つけてきます。だから「N=自分」を起点に、ビジネスの種を見つけられるんです。しかも、この街には、それをすぐに試せる環境がある。

    アイデアの発想から実装までを一気通貫でできるので、N=自分を起点にしたプログラムは、LiSHと非常に相性が良いと思います。

    当事者という言葉は、障害や疾病など、特定の経験を持つ人を指して使われることが多い。しかし、「この施設を日々使う人」という意味では、LiSHの会員も街の当事者である。

    自分が感じた小さな違和感を、単なる個人的な不満として終わらせず、「これは他の人にも起きているかもしれない」と捉え直す。

    そのとき、N=1の経験が、事業の仮説へ変わる。

    「見にくい」で終わらせず、案内ロボットの実証へ進むために立てた問い

    その具体例が、商業施設で生まれた案内に関する課題だった。

    小西さん:LiSHに入居するある企業の方が近隣の大型商業施設を利用した際に、空間の広さに対して案内マップやトイレまでの動線が分かりにくいと感じたそうです。

    一般的な利用者なら、「迷った」「分かりづらかった」で終わるかもしれません。しかし、その会員は課題そのものを事業機会として捉えたんですね。

    その会員さんは、「これは見にくすぎる」と感じ、課題解決の実証実験を考え始めました。

    例えば、困っている人へ声をかけ、目的地まで案内するロボットを導入できないか。表示そのものの視認性を高められないか。現在、そうしたアイデアを具体化しているところです。

    ――ポイントは、会員が最初から「案内ロボットを売りたい」と考えていたわけではないことですね。

    小西さん:仰る通りです。その方は、街を使う一人の当事者として、不便を経験した。

    そこから、「なぜ分かりづらいのか?」「誰が困るのか?」「自分たちなら何ができるのか?」と問いを広げられたんですね。

    このように「街にいる一人の当事者」というN=自分の視点でビジネスの種をひらめき、それをすぐに実践・検証できる場所がある。それこそが、この街ならではの強みだと思います。

    アイデアの発想から実装までを一気通貫で取り組めるからこそ、N=自分を起点にしたプログラムとは非常に相性が良いのではないでしょうか。

    「不便だから直してほしい」から、「自分たちなら何ができるか」という当事者意識が生まれるとき

    小西さんは以前、デベロッパーや自治体で働いた経験を持つ。その経験から、街を運営する事業者や行政だけで、街をより良くし続けることには限界があると感じている。

    小西さん:デベロッパーや自治体の立場からできることには、どうしても限度があります。

    開発から維持管理、エリアマネジメントまでを、事業者側だけで完結させようとしても、効果にも持続可能性にも限界があります。

    だから、理想はボトムアップから始まる街づくりだと思っています。「この街にはこういうものが必要だ。デベロッパーにお願いするだけではなく、自分たちで形にしよう」と考える人がいる街こそ、長く続いていくのではないでしょうか。

    街に問題があれば、行政やデベロッパーへ要望する。それ自体は必要である。利用者からの声によって改善されることも多い。

    しかし、それだけでは、街をつくる主体が「提供する側」と「利用する側」に固定される。

    LiSHが目指しているのは、その境界を少し曖昧にすることである。利用者自身が、自分の知識や技術を使って街を改善する。運営者は、その挑戦を実証できる場所や関係者へつなぐ。

    街そのものが、完成したサービスではなく、参加しながら更新できるものへ変わっていく。

    「街全体が実験場」という思想が、クレームを提案に変える

    TAKANAWA GATEWAY CITY では、「100年先の心豊かなくらしのための実験場」という考え方が掲げられている。

    小西さんは、この「実験場」というメッセージ自体が、会員の行動を変えている可能性があると話す。

    小西さん:「街全体が実験場」と打ち出すことで、不便があったときに、「事業者になんとかしてほしい」だけではなく、「自分の持っているソリューションで、この不便を解決してみよう」と考える人が増えています。

    そういう主体的なプレイヤーの層が広がっていることは、LiSHの大きな強みだと思います。

    会員の皆さんは、単なるテナントではありません。この街を一緒につくるプレイヤーの一人です。何かボトルネックを見つけても、クレームで終わらず、自らのソリューションを使って解決しようとしてくださる。施設オーナーやデベロッパーから見ても、非常にありがたい存在だと思います。

    同じ不便でも、それを「自分には変えられないもの」と捉えるか、「試してよい課題」と捉えるかによって、その後の行動は変わる。

    実験してよい、失敗しても、改善してもう一度試せる。その前提があることで、街の利用者は、街づくりのプレイヤーへ変わっていく。

    当事者意識は、最初から持っている人だけのものではない

    LiSHに集まる人は、もともと新規事業や研究開発へ関心が高い。自ら課題を見つけ、動こうとする人が集まりやすい場所であることは確かだろう。

    一方、それだけでなく、LiSHに所属し、街で他の会員や運営者と関わり続けることによって、「自分も街へ働きかけられる」という感覚が育っている可能性もある。

    街への帰属意識とは、単にその場所が好きだという感情だけではない。自分の行動によって、その場所を変えられるという感覚でもある。

    「ここは使いづらい」という発見に対して、誰に任せるのか。諦めるのか。自ら提案してみるのか、この三つ目の選択肢が自然に出てくる環境をつくることもまた、共創拠点の役割なのかもしれない。

    目の前の一人を見ることが、100年先の街づくりにつながる

    「100年先の暮らし」を考えるというと、大きな社会予測や未来技術から始めたくなる。

    人口はどう変わるのか。AIはどこまで進化するのか。移動手段や住宅、医療はどう変わるのか、そうした未来予測も必要である。

    一方、100年後の生活も、結局は一人ひとりの日常の積み重ねでできている。

    案内表示が見つけやすい。迷ったときに助けを求められる。自分に合った方法で移動できる。不便を感じたら、それを誰かに伝えられる。

    さらに、自分自身が改善する側へ回ることもできる。

    N=1を見ることと、100年先を見ることは、反対方向の行為ではない。むしろ、まだ取り残されている一人の経験を起点に、今の街の前提を一つずつ問い直すことが、未来の暮らしをつくる。

    CULUMUのインクルーシブデザインワークショップで使われた一枚のペルソナカードは、そのための小さな入口だった。

    カードを手に取る。一人のストーリーを読む。その人の目線で、いつもの街をもう一度見る。そしてワークショップを出た後は、自分自身も「N=1」の一人として街を歩く。そこで見つけた違和感を、「誰かが直すもの」にするのか。「自分たちで試してみる課題」にするのか。

    LiSHが育てようとしている共創の文化は、その小さな選択の違いから始まっている。

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